◇F/Alchemist

□教育的指導
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「………おちない」
「ですね」
「これ、履き替えた方が早いですよ」


クリーニング代は弁償するからと、アーデルハイドは続けた。


「努力くらいなさい」
「うぅーっ」


足を鷲掴んでゴシゴシと力を込めて拭く。
擦れて痛いと言えば、今度は布地だけを摘んでタオルで叩き始める。
アーデルハイドは下を向いているので、今の表情は窺えない。
だが、オチロオチロオチロ…と地を這うような、まるで呪いのような呟きが聞こえてくる。
堪えきれず口の端が上がってしまう。


「くっそー。インクの成分の分解…いや、それだと染料も一緒に落ちちゃうか」


今度は錬金術でどうにかしようと考えを巡らしているらしい。
指先でくるりと円を書きだす。
しかし、何度描いてみても良い案は浮かばないようで、結局陣は結ばれなかった。


「やっぱダメ落ちない!」
「そうですか」
「そうです!無理です!!これはムリムリむゥーりィーっ」


ついにはその場にへたり込んで、タオルでてしてしと私の膝を叩く。
まるきり子供だ。


「まぁ、努力は認めてあげましょうか」


子供が努力したならば、大人は一応誉めてやらねばならない。
普段よりも低い位置にある頭を撫でてやる。
すると、赤い目が上目遣いに私を睨んだ。


「…ちゃんと弁償だってしますヨ」
「それはそれは。これに懲りたなら、今後は気を付ける事ですね」


了解、とアーデルハイドは唇を尖らせ、返事をした。
良くできた、と白い髪をもう一撫で。
手を持ち上げれば、指の間から髪がこぼれ落ちていく。


「ふむ。それにしても、このシチュエーションはなかなか良いものがありますね」


言って、爪先を彼女の顎の下に当て、アーデルハイドに上を向かせてみる。
私の行動に驚いたのか、行動の意味が理解出来ないのか彼女は固まった。
真っ直ぐに私を見上げる赤い瞳。
この不満に満ちた目も、自尊心を踏みにじっているようで優越に浸れて良い。


「かしずかれるのは悪くない」


私の言葉に数秒遅れて、アーデルハイドは反応を示した。
まずは丸い目を瞬き、次いで柳眉を吊り上げた。


「へ、変態!!」
「おっと」


足が叩かれ、その勢いで椅子が回る。
私は半回転程して回転を止めた。
止めたその足で床を蹴って、元の位置まで戻る。
戻った正面には、座ったまま真っ赤な顔で怒りを露わにしているアーデルハイド。
剥き出した牙で今にも噛みつかれそうだ。


「一体、誰のせいで汚れたと思っているのですか?」
「だから悪いと思って拭いたのに!初端っからそんな事が狙いかっ!?サイテー!」


ヒステリックに声を荒げる彼女。
それを私は黙って聞き入れていた。


「聞いてるんですか!?」
「聞いていますよ」


応えてやったというのに、アーデルハイドは更に眉を吊り上げた。
おそらく私の声が笑っていたせいだろう。
今私は、我ながら悪い顔になっていると思う。
怒鳴られようと、罵られようと、今このやり取りが愉しくて仕方がないのだ。


「何が楽しいんですか!?」


耳をつん裂くような説教を受け入れながら、いまだ私の前に跪く彼女へと手を伸ばした。


「貴女のその様が、ですかね」
「そのサマ!?なにそれ!」


私の足の間から膝立ちをして掴み掛かってくるアーデルハイド。
これは好都合と彼女の頬を両手で包んだ。
そして、少しだけ上に引き寄せる。


「それに、ねぇ」


同時に、こちらからも顔を近付けアーデルハイドに口づけた。


「…っ!?」


だが、それは一瞬だけ。
それよりも長く時間を掛け、舌先で彼女の柔らかい唇をゆっくりとなぞってやる。
そして、何度も閉口させている彼女の唇に、そのまま吐息が触れる距離で言葉を吹き込んだ。


「舐めて綺麗にしろとまでは言ってないでしょう?」


手の内の頬が、これでもかというぐらいに熱くなっていく。


「どうしました……ぐっ?!」


折角だからともう一度唇を重ねようとすれば、鳩尾に痛みが走った。


「……痛いですね」
「だ、だ、誰がするか!自分で舐めてろぉぉー!!」


ヒトの鳩尾に拳を打ち込んだ加害者は、そう汚い捨て台詞を吐いて部屋を出て行ってしまった。
それでも、しっかりと掃除用具を抱えて行く彼女らしさに、一人残された私は鳩尾を押さえて笑っていた。


以後、掴んだ瓶が落下する確率は十回に一度程度になった。
彼女はまだ懲りていないらしい。



あとがき

実際、コーヒーの瓶が足の甲に落ちて痛かったのが、元ネタ。

 
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