□イヌも歩けば
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私は、何年も前に着ることを止めてしまった服に袖を通す。

―――青い軍服

これに初めて手を通した時はとても緊張していたのを思い出した。
この一枚は国の為に働き、いざという時は国の為に散るという責任が形になったものなのだ。
やはり、纏うだけで身が引き締まる。







ロイと話をして数日も経たない内に、私は軍部へ入り浸るようになった。

正直、なんでこんな行動に出たのかは自分でも分からない。
何かをしなくては、と急かされて気が付けば軍人になっていたから不思議だ。

そうして、研究所や軍の実験に関与していそうな場所に、身分を捏造して中に入った。
本物そっくりの身分証など作るのは簡単だし、建物の中に入ってしまえばこっちのものだ。
何せ私は勝手を知っている。
後は知り合いに出会わない事を祈って、堂々をしてさえいればいい。
一応、メガネを掛けてきてはいるが、これが変装として通用するかは微妙なところだ。


私は何食わぬ顔で中央司令部内部を彷徨いていた。
誰も居ないのを確認した静かな資料室。
部屋の隅でぼんやりとしながらも、休憩がてら手元に在る情報を整理する。

とはいえ、実際、今日までの成果はろくなものではなかった。
当然といえば当然だろうか。
私が探しているのは、軍が表立って出来ない研究や実験の内容なのだ。
本当に上層部が関わっているのなら、見つけるが難しくて当たり前だ。

それと、ヒューズが最期に目にしただろう資料はまだ調べられていなかった。
軍法会議所は彼の件があって以来警備が厳しく、情報の開示も手続きが必要なのだ。
入れない事もないが、安全で尚且つ危険に巻き込めるツテが無いのが実状か。

やはり、あの頃私の上官と付き合いがあった人物を調べた方が早いかもしれない。

私は壁に背を預けて、分かっている敵の名前を書き出す。

まず、キンブリー。
次いで、紅蓮のが殺害した五人の上官。
その後がまに据えられた奴ら。
彼が付き合っていた上層部の人間達。
一応、第五研究所の責任者、故バスク・グラン准将。
それから、知っている限り繋がりがあり、怪しそうな人間の名を枝を生やすようにして書き連ねていく。

―――きりがない

ゲームの駒がたった一枚白から黒に変わった途端、軍という名の板上で白い駒が裏返っていった。


「真っ黒黒で、敵ばっか。」


戦況は数少ない白のお手上げ状態だ。
 
軍内部全て敵と思え。
先日、大総統がそんな事を言っていた。
まさにその通りだと思う。
まだ想像の域を出ないが、研究所関係者だけが敵ではないのは確かだ。
そして、『賢者の石に関わるな』とわざわざ大総統が釘を刺しに来ているのだ。
閣下が黒というのも有り得る。


「軍がやばい。」


私は友の最期の言葉を呟いた。
彼の台詞はこういう意味だったのだろうか。
確かにやばい状況だ。
本気で不正を暴くつもりなら、国家転覆させる心持ちで挑まねばならないではないか。
不意にざわめく胸中。


「あーあ。冗談じゃねぇや。」


己の胸のざわつきを誤魔化すように、わざと音を立てて手帳を閉じた。
しかし、そんな行為で誤魔化しきれるものではない。
奥歯を噛みしめ、不快な思いに耐えた。




 
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