□サヨナラ日常コンニチハ戦場
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大総統令が下されてから数日もしない内に、我々国家錬金術師の出兵が決まった。
私としては願ってもない事だった。

あの素晴らしき音をこの体で、この耳で直に体感出来るまたとないチャンスなのだから。






乾いた戦場。
この土地は東に広がる砂漠に浸食されつつあるのだろうか。
緑を目にすることは少なく、常に埃っぽい。
その砂埃を巻き上げる風に乗って、硝煙の香りが辺りに満ちる。
一度行軍のラッパが吹かれれば、銃弾が飛びかい、砲弾が破裂する轟音が響く。

此処は心躍る愛しき戦場。

そんな土地にやって来て早幾日。
私は副官に怒鳴られていた。


「一つ、宜しいですか!」
「どうぞ。」
「あのですね、敵が背後に居るのが分かっていて、何故微動だにしなかったのですかっ?」


すぐ傍らでギャンギャン吠えたてるアーデルハイド。
アンタ死にたいのか!と私に掴みかからん勢いだ。

我々が仕事を片付けベースキャンプに戻る途中、物陰から突如として現れたイシュヴァール人。
私の背後に出現したその敵に対し、彼女は瞬時に牙を剥いてソレをあっさりと片付けてのけたのだ。
首筋を赤く染め、私達の足下に転がる褐色の肌をした人間がその証拠。
しかし次の瞬間、彼女は私にまで噛みついてきたのだった。
そして今に至る。


「聞いてますかね、少佐殿!」


彼女があまりにもうるさいので私はこう答えてやった。


「貴女が居たでしょう。」


意味が分からないと顔を歪めたアーデルハイド。
仕方がないので言葉を少し足してやる。


「貴女が背を守っているのに私が動く必要はありません。」
「私が失敗したらっ!?」
「するんですか?」
「しませんよ!」
「なら、そういう事です。」
「ぬ…っ!?」


そう告げれば、彼女は反撃の言葉をなくしてしまったらしい。


「し、信用して下さるのは嬉しいですが…。」


今の今まで激昂していたというのに、私に誉められたものだから急に照れ始めるアーデルハイド。
その様子の可愛らしいこと。
まるで、子供が初めて使いを成功させ誉められた時のようだった。
しかし、これはつい数分前に命をひとつ奪っておいての栄誉だ。
そんな微笑ましいものとは違う。


「ならば良いでしょう?」


言って私は赤面し俯く彼女を眇し見て、顎をひと撫で。
随分と彼女も仕事熱心になってきたようである。

 
「良くない。此処で汚れてしまうと、しばらく汚れっぱなしになっちゃうんです!」


まだ赤い顔で言いながらアーデルハイドは上着の黒い染みを指で擦る。
擦っても落ちる訳はなく、どちらかといえば滲みを広げる結果になって彼女は眉間のシワを深くした。


「ナイフだって研いでやらなきゃ…。」
「私の命より汚れの方が重要ですか?」
「重・要・です!」


言い切った。
間違い無く言い切った。
しかも、一字づつ力強く区切って言い切った。




 
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