◆
□現状確認
1ページ/3ページ
軍部にて荷物の整理中、不意に扉が叩かれた。
今までならば誰かが応対してくれていたのだが、もうそうはいかない。
これからは私自身が来客に対し入室を促さなければならないのだ。
「どうぞ。」
すると、
「マぁースタング君。あーそーぼー。」
などと、軍に似つかわしくないノリで来客は入って来た。
そう、随分と幼稚で気安い挨拶でやって来たのはアーデルハイドだった。
「帰れ。」
「ひど…ッ!マスタング君、アタシを弄んだのね!マスタング君最低!マスタング君の女たらし!マスタング君の目標、愛人百人出来るかなァーッ!!」
「外に向かって人聞きの悪い事を叫ぶな!」
「痛い!?暴力反た、ンンゥゥーッ!」
廊下へと繋がる扉を開け放ち、無礼千万を叫ぶアーデルハイド。
それを慌てて羽交い締めにして、室内に引き込んだ。
彼女は私の手の下で、必死に口を動かし続ける。
このまま黙らせておこうと思ったが、腹部に打ち込まれた鈍い一撃。
続いて、流れるような動作で足の甲を強かに踏まれた。
幾ら頑強な軍御用達長靴とはいえ、敵はヒールだ。
しかも、今日に限ってピンヒール。
これには堪らず、私は腕の中の凶暴生物を手放した。
「お、お前な!」
「うわぁ、苦しかった!私死んじゃうよ!?」
その前に私が死んでしまいそうだ。
「ったく。毎度毎度、元気で何よりだ。」
抱えた足の痛みの原因を睨み付けるが、小憎たらしい反応しかない。
司令部での再会の後、彼女だけがあの場に残されてしまっていたのが気掛かりだった。
あの時、あからさまに様子がおかしかった。
否、おかしくなった。
大総統が言った『役に立たない』にショックを受けたのか。
それとも、その発言をした人間を思い出してしまったのか。
私達の会話に入ってくることもなくなったらしく、退出の際にも起立しなかった。
『彼女は、こちらで家まで送らせるから安心したまえ。』
その様子を見たブラッドレイがそう言って、彼女と私達の間に立ちはだかってしまい連れ帰ることは叶わなかった。
兎も角、出来る限り早い内に安否の確認に行かなければと思ってはいたのだが、まさか彼女の方から訪れるとは予想外だった。
更には、私達が真実に辿り着こうと足掻いていた間中監禁されていたとは思いもせなんだ。
「元気ですとも!はい、おみやげ。」
アーデルハイドは手にしていた菓子折りを私に押し付け、勝手に茶の支度を始める。
私の手元から漂う鼻をくすぐる甘い砂糖の香り。
手渡された箱を確認すれば、中には可愛らしいケーキが並んでいた。
しかも、ご丁寧にこの部屋に居たであろう人数分と彼女自身の分だ。
私達二人ではとても食べきれる数ではないから、後で余所に配ってしまおう。
「ご丁寧にどーも。」
「感謝するのならば、私への賛美を讃えながら食したまえ。麗しのアディ様どうもありがとうございます、と。」
「なら、いらん。」
じゃ、普通にお食べ、とこっちを見ずにアーデルハイド。
そうさせて貰うとも。
「そもそも、何故お前は地下で飼われるようなハメになったんだ。」
「えー、話すととっても長いよ?めんどくさいよ?」
白いコートの背中に訊ねれば、本当に面倒くさそうに彼女は手短に説明してくれた。
お返しに私の知る限りのこれまでの出来事を話してやる。
するとアーデルハイドは、冗談じゃないねと呟いた。
本当にその通りだ。
茶の支度を済ませると、次いでアーデルハイドは皿にケーキを複数盛り付け差し出した。
まさか、全て私達で食べるつもりなのか。