□北へ
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北に向かう列車の中。

私は向かい合う座席に腰掛け、車窓の外の流れる景色を眺めていた。
時間が経つにつれて、景色が閑散としていく。
段々と冬の色が濃くなっていく。




キンブリーがシャバに戻って来てから数日が経過した。
その間、私は何だかんだでアチコチ連れ回されていた。

彼は毎日のように朝から中央司令部に出向き、傷の男に関する有益な情報を待つ。
何故こんな事をしているのかと訊けば、キンブリーは傷の男を追う為に刑務所から出されたそうだ。
人造人間達らしい嫌な考えだ。
イシュヴァール人を追うにはこれ以上の追跡者はいない。

そうして、一日成果がなければそのままなぜか、どうしてか、私の家に帰宅。
まんまと白い悪魔に住み着かれてしまった。
どうにか駆除するに良いものはないかと画策し始めた頃、ようやく捜索に進展があった。


「北、ですか。」


複数上がる目撃情報や、交戦情報を総合した結果、奴はどういった訳か北に向かっている事が判明したのだ。

なったら嫌でも行くしかない。
刃向かうことの出来ない私は荷物のように列車に乗せられた。
おかげで私は今、非常に機嫌が悪い。


「なぁんで、わざわざ北に逃げるかな…。」


どうせなら、南にでも逃げてくれればいいのに。


「アーデルハイド。何をぼやいているのですか。」
「寒いのイヤなんだもん。」


昔からどうにも寒いのは苦手だった。
それがこの体に流れる血のせいかと思うと、更に胸が悪い。
こうなると、髪を切られた事も酷く憎らしく感じられる。
既に、後ろ手に撫でた首筋が涼しくて堪らないのだ。


「自前の防寒具はもう無い訳ですしィ。」


皮肉を込めて言えば、向かいの座席で本に目を落としたままキンブリーは溜め息を吐いてみせた。


「でしたら、あちらに到着した際に新しいコートをあつらえてあげますよ。」
「帽子も欲しい。」
「はいはい。ブーツもですかね。」
「手袋も。あと、マフラー。」
「我が儘ですね。」
「我が儘にもなるやい。」


苛立ちを紛らわすように会話をしている内に、指先から全身を倦怠感が包み込んでいく。


「アーデルハイド?」
「…。」


気を抜くな、と己に言い聞かせるが無理だった。
段々と瞼が重くなっていく。
彼が帰ってきてからずっとこうだった。
過去にあんな目に遭わせられた。
いまだに体が痛みを、心が恐怖を覚えている。
だというのに、そんな相手の側なのに安心してしまう。
もうしない、その一言を信じてしまう。


「さいてぇ…。」


私は、睡魔に導かれるまま眠りに落ちていった。




浅く短い眠りから目覚めると、列車はどこかの駅に停車していた。
駅名の書かれた看板はこの車窓からは見えない。
正面の男は、私が眠りに落ちる前と変わらず読書に耽っていた。


「お目覚めですか。」
「うん…。」


一応返事をして、自分がどこに居るのか確認をする。
どうやら此処はノースシティの駅ではなく、乗り換えで停車しているらしい。
この様子ならばもうしばらく発車する事はなさそうだ。
クゥ、と鳩尾の辺りで小さな虫が鳴いた。


「……よし。」


せっかくタイミング良く目覚めたのだから、ホームの売店で何か見繕ってこよう。
そう空腹に促されて、私は席から腰を上げた。
同時に、体から何かが剥がれ落ちる。
軽い音を立て、私の足下に落ちたそれは白い男物のコートだった。


「…少佐。」


コートを拾う私の問い掛けに、キンブリーは本から顔を上げる。


「私はもう少佐ではありませんよ。」
「……。」


そういえば彼の軍籍は剥奪されたのだろうか。
でも、こうして使われているのだから…実際どうなのだろう。
思考を中断させるように、音を立てて本が閉じられた。


「まぁ、貴女にそう呼ばれるのは嫌いじゃありませんけどね。ですが、私としては名前で呼ばれる方が好ましい。」


そう呼ばれる期待を込めてか、キンブリーは満面の笑みを浮かべる。


「やだ。」


だが、反射的に返答した途端微笑み君サヨナラ。
キンブリーは肩をすくめ、改めて開いた本に目を戻したのだった。
私も拾ったコートを座席に掛けて、無言でホームへ向かう。


「あーぁ…」


……お礼、言い損ねた。





 
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