□揺るがない
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辺りは暗くて、静かだ。
それはそうだ。
今は夜中で、私は明かりを落として寝台で寝ていたのだから。
なのに、ふと耳が目覚めてしまった。
体はまだ眠りについたままで、目を開ける事も、起き上がる事もかなわない。
だが、耳が部屋の様子を見せてくれている。
瞼は閉ざしたままだが、網膜にこの室内の構造が浮かび上がる。
極めて簡素な作りの部屋だ。
置かれているのは私の眠る壁際のベッド、窓際に置かれたデスクとストーブだけ。
軍施設の客室だからって、もう少し花があってもいいのではないだろうか?

キィ…

そんな事考えている場合ではなかった。
誰かが部屋に入って来たのだ。
鍵は寝る前に掛けた筈なのに。

足音を殺す侵入者。
だが、微かに聞こえる足音が確実に近付いてくる。

私はまだ半分以上眠っている体を動かして、静かに枕の下に手を入れた。
用心に、と隠しておいた武器を握り締める。

侵入者は私の眠るベッドの前で立ち止まった。
私は体を横にしているので相手の顔は分からない。

―――ギシッ

ベッドが音を立てて沈む。
侵入者が腰を落としたようだ。


「…。」


何をするつもりなのかと、気配を探る。
取り立てて怪しい動きはなかったが、しばらくして温かい何かが頭に触れた。
それは広くて骨ばった男の手だった。

男の手はゆっくりと私の頭を撫でる。
時折、手は私の髪をすくい上げ、落ちる様を楽しむように何度も繰り返す。
それがとても心地よくて、再び微睡みに落ちていきそうになる。

いかん!
寝るな私!!

その内に手は髪から耳へ滑るように移動した。
思わず体がピクリと反応してしまう。


「……っ。」


相手が笑ったのが伝わってきた。
それと同時に気配が近付いてくる。
柔らかいものが頬に触れた。
相手が離れると共に、良く知った香りが漂った。


「……何してるんですか?少佐。」
「おや、起こしてしまいましたか。」


目を開けてみれば、闇に浮かぶ見知った影。
悪びれるふうもない声。
別室をあてがわれたハズのキンブリー以外の何者でもない。


「鍵、掛けておいたのに。」
「あぁ。それならば。」


チャリンと澄んだ音が聞こえた。
次いで、暗がりの中、頬にほんのりと熱を持った金属を押し当てられる。
いつの間に合い鍵なんて造ったんだコノヤロー。


「まぁ、という訳ですから。」
「ちょ、なんで!?」


彼は言いながら、私のくるまっていた布団を捲り上げた。
そして、ひんやりとした外気と一緒になって中に入ってきた。


「やだ、入るな入るな!」
「良いではないですか。一人で寝るにはこの土地は寒すぎる。」
「だったら、オリヴィエの所でも行ってらっしゃい!はい、さようなら!!」


一瞬、彼の動きが止まる。
しかし、次の瞬間にはほんの少し前まで頭を撫でていた手が、私の首を掴んだ。


「ゥ…ッ。」


親指に気管が押さえつけられ、酸素が取り込めない。
ギリギリと締め上げるキンブリーの瞳が闇に輝く。




 
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