□そして、絡め捕られた
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頬を撫でた風は、季節特有の匂いと冷たさだった。
見上げた空は泣きたくなるくらい青い。


「…生き、てる…。」


私はたった独りでこの世界に存在していた。





少し前まで、私はホーエンハイムの作ったドームの脇で倒れていた。
目を覚まし先ずしたのは、のろのろと懐から銀時計を取り出し現状の確認。
時計の針は約束の時間をとっくに廻っていた。


「日食、終わってる…。」


真上に見上げた太陽が眩しくて顔を伏せると、自然と中央の市街の方向を見ていた。
遠くに望む中央の市街から立ち上る幾筋もの煙。


「……。」


この国の人間がひとりでも生きているのだから、きっとエドワード達が勝利したのであろう。
だとすれば、こんな所で呆けていても誰も戻っては来ない。

―――街に行こう

そう思い立って、私は歩き出していた。
体はあちこち痛く、だるい。
その上、頭にも霧がかかってしまっていて、上手く体を動かせない。
端から見れば、進んだつもりでもたいして進んでなく、真っ直ぐ立ててもいなかっただろう。
けど、そんな頭の隅、体のどこかが私を街へと向かわせる。
そうして、重たい足を引きずりながら一人、街を目指した。






ひたすら歩き続けてどうにか到着した街は、私の記憶とは違う様相になっていた。
道には軍人が立ち並び、動揺している市民の誘導などをしている。
街の中心に近づけば近づくほど、増えていく軍人の姿。
市民の誘導だけでなく、瓦礫の撤去や怪我人などの手当てと仕事も増えていく。
北と東の指揮官は派手に暴れまわったようである。

私はそんな街を気を置かず、最も酷い有り様になっているハズの中央司令部を目指した。


「そこの民間人、待ちなさい!」


今通り過ぎた場所からの声。
ついに止められた。
撃たれても困るので、一応その場で立ち止まる。
慌てて駆け寄ってきたのは軍人。
その軍人に無言で銀時計を突き出せば、相手は慌てて敬礼をした。


「し、失礼しました!」
「この戦争、どちらが勝った?」


訊ねると、軍人は少し困った顔をした。
戦争やどちらの意味が分からなかったのだろう。
だが、軍人は答えた。


「この度のクーデターは、アームストロング少将並びにマスタング大佐の手により食い止められました。」
「そう…。」


結局、私はこの戦いを見逃してしまったらしい。
だが、大して残念には思わない。
私にとっては重要な場面ではないのだから。
軍人は言い淀みながら報告を続ける。


「ですが、大総統閣下とその御子息セリム様は……戦死なされました。」


実に悔しそうだった。
真相を知らされない者からすれば、あんな立派な方を…惜しいことをしたとなるのだろう。
やはり、この結果もどうでもいい。


「そうなの。ありがとう、それじゃ。」
「あ、お待ちを!」
「なに?」
「いえ、その、これ以上お通しする訳には、それに…」
「マスタングに呼ばれているのよ。アイツが生きてるにしろ死んだにしろ、すぐにツラ拝みにいかないといけないの。」


私は軍人の言葉を遮った。
実際呼ばれてはない。
だが、前に進みたかったが為にそう嘘をついた。
足を踏み出す。
ほぼ同時に、進行方向に立ちふさがる軍人。


「通りたいのだけど?」


これ以上邪魔をするなら押し通る、と態度に示す。
すると、私の扱いに困った軍人は、待っててくれと念を押し側の上官らしき人間の元に駆けていった。
一応大人しくしているこちらを窺いながら話終えると、近くにあったトラックへ行き、また駆けて戻ってくる。


「国家錬金術師殿、自分が司令部までお送り致します。」


言って、ずいと差し出された水筒とタオル。
とりあえず、受け取た。
しかし、これでどうしろというのだろうか。
意味が分からず首を傾げると、兵士は己の手を顔へ持っていき上下させた。
拭け、という意味だと理解してタオルを水筒の水で湿らせた。
そんなに酷い顔をしていたのだろうか。

答えはすぐに分かった。
顔を拭いたタオルが錆色に染まったからだ。


「そういえば、怪我させられたんだっけ…。」




 
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