□何年経っても変わらない
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私がデカくて重い旅行鞄を担いで、わざわざ中央から遠路はるばるやって来たのは東方司令部。

歩き慣れた通路を通って、施設の奥にある仕事部屋を目指す。
丁度、部屋から出て来たばかりの兵卒を捕まえて、状況確認。
そして、私は目的の人物が部屋に居るのを確認し、扉をブチ開けた。


「はぁ〜い。おっひさしぶり、マスタング君!」


室内に居た男、ロイ・マスタングは私の登場に、どういう訳か物凄く驚いた時の表情と物凄く嫌な時表情を合わせたような顔をした。


「…本当に来たのか…」


驚愕のまま固まる旧友の口から、ぼそりとこぼされた信じられない言葉。


「ひっどい!マスタング君が私に会いたいって、電話であんなに熱く切なく語ってくれちゃったから、わざわざ今日の一番列車でやって来たっていうのに!やっぱり、私との事は本気じゃない…あべっ!?」


突如、鼻先で局所的小規模な爆発が起こった。


「いい加減、その口を縫い止めてやろうか、アーデルハイド」


指パッチンの格好のまま、私を睨み付けているマスタング。
今のなら溶接じゃないか?


「ちょっとヒドく……あれ?」


なんか、焦げ臭い。


「ひゃあああ、前髪焦げたぁ〜っ!?」


指先で触れた前髪は、チリチリと崩れて散った。


「お、乙女に何するんだ!」
「乙女という年齢か」
「ま、ま、マスタング君、君は言っちゃいけない事を言った…ッ!」


衝撃に震える私に追い討ちをかける旧友。


「大体、なんだ。私と変わらない年齢のクセに、その短いスカートは。落ち着きの無いこと甚だしい」
「年齢関係ないし、似合ってるし、まだまだお嬢さんって声掛けられるし!」


そうさ。
まだまだ大丈夫!
それに、今日のファッションにはちゃんと理由がある。


「本日はマスタング君をビックリさせてやろうと、気合い入れて、ピッカピカに磨いて、この脚を出して来たんだから!ロイ、好きでしょっ」


とくと見ろ!
と、私は此処まで引っ張ってきた旅行鞄に蹴り出す勢いで脚を乗せた。
プリーツのミニスカートにニーハイブーツ。
ストッキングで肌を隠すなんて野暮な事は致しません。
ナマ足で勝負だ。


「くっ」


今度はマスタングがたじろぐ番だ。
奴は私の武器を目に入れると、わなわなと肩を小刻みに震わす。
効果は絶大みたいだ。
しばらく考え込むよう俯くと、マスタングは唐突に固く握り締めた拳をかざし、力強く語り始めた。


「ああ、好きさ、大好きさ…。悔しいが、確かにお前の脚は完璧だ…ッ!しかし、ストッキングも捨てがたいっ」


―――パンッ

銃声のような破裂音。
二人して反射的に身が縮んだ。

振り向けば、筒状に丸めた書類を片手に涼やかな表情のリザ・ホークアイが立っていた。
手に握られたアレでテーブルを叩いたらしい。
良かった、発砲したのかと思った。


「お二人共。再会が嬉しいのは分かりますが、軍庁舎内でハシャがないでください」


そう静かに説教してのけた彼女は、相変わらずのクールビューティー・ホークアイである。
その上、昔より凄みが増した気もしなくもない。
立ち姿に、あの氷の女王様に似た匂いが漂う。
よし、逆らわないようにしよう。

そんな鉄の女―――すっかり髪を短くしてしまったホークアイの背後、開け放たれたままの部屋の入り口ではマスタングの部下達が顔を覗かせている。
揃いも揃って興味津々。
皆さん、お耳がでっかくなっちゃっていた。
周囲を確認した私とマスタングは、無言で視線を交わす。


「うん」
「うむ。再会の挨拶はコレまでにしてだ、アディ」
「ん?」


手招きするので、小走りに近寄った。
マスタングはすっかり青くなった顔を寄せてきて、ひそひそと小声で問いかけてくる。


「電話で言っていた、例の子供はどうした?」


やっぱり気にしていたのか。
それと今の現状からするに、先日の電話での会話を、あの廊下に並んでいるギャラリーに聴かれたのかもしれない。

友人の隠しきれていないそわそわ具合に、ついついニタァ〜って効果音をつけて笑ってしまう。


「預けてきたよ」


しばしの間。
後、マスタングは安堵したように肩を落とした。


「いや、今ので確信した。子供の話自体が嘘だな」
「ふ〜ん。別に良いけどね。信じる信じないはマスタング君次第だからさ。でも、よく考えて?あの年齢の子供は、まだ列車で長時間旅行なんてさせられないからねぇ」
「…っ…」
「だから、長居は出来ないよ?」


トドメに胡散臭さが漂う笑顔のプレゼントだ。
一筋の汗がマスタングの頬を流れた。
うーん、悩んでる悩んでる。


「はっはっはっ。悩め悩め〜」
「来たら、答えを教えると言ったではないか」
「答えは帰る時にしようカナ」
「ぐぬぬ…っ」
「さーてと、驚かせるだけ驚かしたし」


私は床に置いていた旅行鞄を改めて肩に担いだ。
すると、マスタングはさらりと訊ねてきた。


「どうした?帰るのか?」
「帰んないし」
「そうか。誰か、この迷い犬を駅まで送ってくれ」


ついには、廊下の方に手で合図を出すマスタング。


「帰んない!ヤダ、マスタング君が私を追い返そうとする…っ!」
「なに、忙しいところ呼びつけてしまったのだ。遠慮せず帰路についてくれたまえ」
「帰んないもん!お仕事しに来たんだもん!せめて、帰る前にお茶くらいしよーよ!」
「茶ぐらい何時でも構わんが。では、荷物を担いで如何とする?」
「まあ、急に遊びに来ちゃった訳だから。なんで、今日はどっかにお宿取ってこようと思って」


すると、今度はマスタングの忠実な懐刀が動いた。


「車を回しましょうか?」
「やだ、リザちゃん私を駅に連れてく気なんだな!?」
「しません」
「まあ、いい。今日はそのまま直帰しろ。話はまた明日だ。あと、宿は近場にしておけよ」


軍オススメの宿は安いが、素っ気ない店が多い。
私がそういう店を選ばないと予測して、釘を指してきた。
流石は、私のお父さん。

だから、私も用意しておいたセリフを友に贈る。


「あら。マスタング君ってば、今回はウチに泊まれとは言ってくれないの?寂しいわ」


残念そうに、そして私がこの場から姿を消したが後、私達に関して淫らな噂が立ちそうな素振りで言い放つ。
すると、予想通りギャラリーは興味の視線を私とマスタングに注ぎ込んできた。


「ちょっと期待してたのにィ〜」


甘ったるい言い方と反対に、けけけっと悪どく仕掛ける。
すると、マスタングは苦笑した。


「もう、見張りは必要ないだろう」


彼が苦笑するなら、私は満点の笑顔で返すまでだ。


「もちろんよ」


まだまだ完治とはいかないが、もうあの時期程の状態ではない。




 
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