□夢で逢えたら
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鼻孔を擽る砂埃の匂い。それに混じった硝煙の匂いや、砲撃の音が心地良い。

此処はあの戦場だ。

地平線が見えるほどに開けた荒野。
所々に家だった物や、廃棄された重機などが転がっている。

そんな戦場を一匹の獣が駆けていた。
白い毛並みに、赤い目の狼だ。
彼女は鋼の牙で、己と同じ色をした敵に襲い掛かる。
躊躇無く敵の喉を掻き斬り、鮮血に染まる肢体が美しい。

あれは私の狼―――。


「…――。」


気づけば、私はソレの名前を呼んでいた。
随分と口にしていなかった名だ。
ちゃんと呼べただろうか。

立ち止まり、ぼんやりと宙を眺めていた獣。
私の声に気が付いたのか。
獣は赤く染まった姿でこちらを向いて、あどけなく笑った。







「……。」


次の瞬間見たものは、薄暗い室内の石造りの壁だった。

どうやら、私はうたた寝をしていたらしい。
今は固い寝台に腰をかけたまま、冷たい石壁に背を預けた状態である。
強張った体を動かせば、関節が音を立てて軋む。
両の手に填められた木製の枷が、隅に当たり軽い音を立てた。

そんなに長い時間眠っていたのだろうか。
つい時を知ろうと視線を壁に向ける。
だが、この閉ざされた部屋に時計は無い。


「…まったく。」


身に付いた習慣とは恐ろしい。

私はもう一度辺りを見て、耳を澄ます。
聞こえてくるのは、壁の向こうの看守の会話や、靴音。
それと、この暗さから察するに、今は夕刻に差し掛かったところだろうか。

此処の一日は、何年経っても変わりばえがしないのだ。
私は一日の大半はこの部屋の中で過ごす。
毎日の三度の食事。
週の内の分単位で決められた運動時間、入浴時間。
全く変わらぬ日々の予定。
この手の枷がなければ、それも楽しめよう。


「しかし―――。」


なに分する事が無いのだ。
覗き窓から漏れる僅かな明かりだけでは、碌に読書も出来ない。
此処は退屈過ぎる。
それもまぁ、事情を知る者には自業自得と言われるだろう。


「―――夢か。」


あんな夢を見るだなんて、私も随分と殊勝な所があったものだ。
自然と、口元に苦い笑みが浮かぶ。

ああ…。
夢に見た私の狼。
私がキズを付けたあの女は、今頃どうしているのだろうか。




 
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