◇F/Alchemist

□アナタからアナタにアナタへ
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今日は何かお祝い事があったっけ?


執務室に戻ってきた部屋の主を見て、思わずカレンダーを見返してしまった。



「…お帰りなさい。どうしたんです、その花束。」


私の質問を受け流すキンブリー。
彼の片手には無造作に握られた薔薇の花束。
丁寧にラッピングされた上に、なんかもう抱えたら顔がすっぽり隠れてしまうくらい大きい。
それを鼻先に差し出されたので、私は一応受け取った。

くれるのだろうか。
それとも飾れという意味だろうか。

一瞬悩んだものの、やっぱりこっちだろうと後者を選んで私は行動を起こす。
飾るなら花瓶が必要だ。
だけど、一旦足を止める。
忘れちゃいけない、危険物が含まれていないかの確認。
安全確認も私の大事なお仕事である。
そうして花束を確かめ始めた時にキンブリーが口を開いた。


「差し上げますよ。」
「…え、いいの?」
「えぇ。」


この花束は私への贈り物だったのか。
しかし、おかしい。
今のキンブリーはプレゼントをくれる時のような表情ではない。
むしろ、これは要らない物を押し付け体よく持って帰らせるといった感じ。

私は手の内を改めて見た。
束ねるリボンは花に負けない深紅。
白に一滴だけ桃色を落としたかように淡い色の紙で包装されていた。
かすみ草に引き立てられ、程良くほころんだ花弁が美しい真っ赤な薔薇の花。

この花の花言葉は確か―――情熱的な愛だったか。


「ぁっ!分かった。これ持ってこられて告白でもされたんでしょう!?」


私は花を見ながら冗談めかして言った。
冗談なのだからいつも通り笑って返してくれると予想していた。
なのに、うんともすんとも返事が返って来ない。
顔を上げれば、腕を組み珍しくバツの悪そうにしているキンブリー。
そして、目が合うと素早く反らされてしまう。


「えーと。」


私は行き場をなくした視線を手元に戻して、花束の確認作業を再開した。
どうやら危険物は無い様子。
証拠のメッセージカードすら無い。
残念。


「なるほど。告られて、花束貰ったと。」


まさか当たるとは…。
私スゲー。
あ、一つトゲが残ってる。
花屋め、処理が甘いな。
しかし、これは私への贈り物じゃなかったのか。


「へー…そっか。良かったじゃないですか。可愛い子でした?」

 
瞬間、空気が帯電した。
キンブリーは私の言葉に眉を潜めた、んだと思う。
カツカツと足早に近付いてきて、私のデスクに手が着かれる。
それでも私が自分を見ないのが気にいらないのか、指で机を叩いて此方を見ろと催促した。
けど、私は作業の手を止めなかった。
すると、視界の端から手が現れ、顎を掴んで無理矢理上を向かせられてしまう。


「痛い…。」
「貴女は私が知らない人間に愛を囁かれてもいいと?」


彼の眉間にはやはりシワが寄っていた。
そして問い掛けに使われたのは通常より一段低くなった男の声。
ぞくりと背筋が寒くなる。
同時に経験から察してこの場から逃げ出したくなる。
でも今回は逃げない。
だって今回は悪い事は何一つしてない。
だから、私は金色の目を睨み付け言ってやった。


「別にそういう意味じゃないですよ。」
「ならばどういう意味なんです?」
「誰かに好かれるのは良い事。そんな意味。」


私としては、他人に自慢出来るヒトと居たいと思っている。
やっぱり一緒に居るなら『なんで?』なんて訊かれてしまうより、多少でも羨ましがられる方が良いに決まってる。
これではまるで物に対する見方のようかもしれない。
それでも、他人の目を惹きつける人間ということは、少なからず自分を磨いているヒトだって証明だから。
そんなヒトと居たいと思うのは悪い事じゃない。

とまぁ、今考えた事を全て伝えてしまえば、キンブリーは気持ち良く納得するのだろうけども。
これで話はおしまい、一件落着となるだろうけども。
それはそれで癪だから言ってやらない。


「それだけ。」


これで話は終わりだと短く言葉を切ってしまう。
そして、私は自分に触れていた男の手を払った。


「…ちゃんと断りましたよ。」


小さく呟いたキンブリーはどうしてかなんとも間抜けなお顔になっていた。
驚いたのか、気が抜けてしまったようになっているけど、私は驚かせる言葉は言っていないし、やってもいない。


「さてと、水を汲んできます。」
「それは飾らなくて結構…。」
「持って帰るにしても水をあげないと可哀想ですから。」


引き留めようとするキンブリーの脇をすり抜ける。
そして棚から花瓶を取り出し、私はさっさと部屋の外に出た。





 
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