◇F/Alchemist

□手の掛かるほどに
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いつもと変わらぬ爽やかな朝。
…とは言えない今朝。
何故なら、今日は我が家に泊まったお犬様が居るからだ。


私は朝食の支度の手を止めて、自宅の居間で広げた新聞に目を通す。
特に、これといった変わり種は載っていない。

ペタペタと素足であろう足音が聞こえた。
新聞紙から顔を上げれば、今まで寝室に居たアーデルハイドが寝ぼけ眼で立ち竦んでいる。
そして、だらしなく乱れた服装。
足元はやはり素足だった。


「おや。」


そんな状態でも彼女は両手でバッグを抱えていた。
宝物でも入っているのかと思うほどに大事そうにしているものだから、つい頬が緩んでしまう。

今すぐにでも出掛けたいのだろうか。

いまだに居間の入り口で立ち竦んでいるアーデルハイドを見やる。
一応着るものは着ているが、とても外に出せる姿ではない。


「起きましたか?」
「おはよー…ですよー…。」


少し間を開けてからぺこりと頭を下げ、舌っ足らずな挨拶を返してくる。
やはりまだ目覚めきっていないらしい。


「おはよう。ほら、おいで。」


手招きをするとまたペタペタと足音を立てて、私の腰掛けるソファーの前までアーデルハイドはやって来た。
そして、なだれ込むようにして腰を下ろすと、力無く肘掛けに上半身を預けてしまう。
どうせなら私に寄りかかればいいのに。
少し悔しく思っていると、アーデルハイドは再び瞼を落として寝息を立て始めてしまった。


「アーデルハイド。」
「んー…。」


すでに返事もままならないらしい。
彼女は本当に朝に弱くて困る。


「寝癖がついてますよ。」


呆れながら手を伸ばし、外巻きに跳ねる石灰色の髪に触れてみた。
何の抵抗もない。
彼女は目を閉じ、大人しく髪を撫でられている。
これではまんま座敷犬である。


「普段もこれだけ大人しければ、私も文句は無いのですがね。」


自然と笑みが浮かぶ。
撫でられるのが気持ち良いのか、彼女から更に力が抜けていく。
しかし、寝かせたままにはしておけない。


「起きて下さい。今日は出かけるのでしょう?」
「ぅぅ…あい…。」


二度肩を叩くと、アーデルハイドは唸りながらどうにか体を起こした。


「おきた。」


と、言いつついまだ眼は半ば閉じられている。
数秒経たずに、前後左右に力無く揺れ始める上半身。
彼女は安定を求めて、ようやく私の胸に肩からもたれ掛かった。
それを一応受け止めてやる。
受け止めてはやるが、眠ることを許可した訳ではない。


「アーデルハイド。いい加減にしなさい。」


彼女の肩を押さえ引き離し、叱った。
すると白い犬は微睡んだ瞳でこちらを数秒見て、返事の代わりにと私の肩口に頬を擦り寄せた。


「……。」


まぁ、これも悪くない。



 
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