◇F/Alchemist

□教育的指導
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私は、砕け散ったガラスをしゃがみ込み集めているアーデルハイドに向けて言った。


「貴女、少しだらしがないのではないですか?」
「あぅ…」


向けられていた背がしゅんと丸まる。
私はその様子を椅子に腰掛け見ていた。

あの後すぐに、すみませんでした!と掃除用具を用意して戻ってきた彼女。
その時に手渡された濡れタオルで服を拭いてみた。
だが、インクは伸びるだけで一向に落ちない。


「ああ…」


これはもう駄目だ。
黒いインクは青い軍服に殆ど染み込んでしまっている。

そう、あの小瓶の蓋は締めきられていなかったのだ。
だから、私が蓋だけを掴んで持ち上げた途端、このような惨事を生んだのだった。

実のところ、最近アーデルハイドのそういった行動が目に付いていた。
読み終わった物を積み上げたまま、なかなか片付けやしないのだ。
なので、先日注意をした。
だがしかし、それは意味を成さなかったようである。


「どうしたものか…」


私の口から小さい溜め息がこぼれた。

彼女はもう少ししっかりした人間だと思っていた。
だが、付き合いが長くなってきて分かる事もあるというところか。

私が複雑な嬉しさを噛み締めていると、アーデルハイドがぼそりと悪態をついた。


「……少佐が悪いんだもん。私悪くないもん。ビン掴めばいーのに……」
「確かにそうですね。ですが、私のどこが悪いのですか?読んだ物は戻す。開けたものは閉める。それだけの事が出来ないのは貴女でしょう」
「お、仰る通りです…ッ!」


まさか、己の呟きが私の耳に届くとは思わなかったのだろう。
アーデルハイドは肩を大きく跳ね上げて後、小さな体を更に小さくしてしまった。



以後、黙々と作業が進んでいく。
飛び散ったインクで汚れた床を雑巾で拭いて、再度細かい破片を集めるために箒をかける。
アーデルハイドはあらかた集めきったガラスを古新聞に包むと、掃除用具を抱えて扉に向かった。
そこで一礼。


「それじゃ、これ捨ててきます」
「待ちなさい」


再び動き出した足がピタリと足が止まる。


「まだ済んでないでしょう?」


私の言葉に首を傾げ、アーデルハイドは己の手元を見た。
まず、ガラス片を包んだ新聞紙。
次に、箒にちりとり。
汚れた水の入ったバケツ、その縁に掛けられた雑巾。
彼女は手にした全てに目をやって、自分のするべき事は済んだのでは?と私に視線で訴えてくる。
私はその訴えの返事として、頭を横に振った。


「…?」


首を傾げる彼女を手で招く。
すると、掃除用具を床に置いて彼女はデスクを回ってやって来た。
私は足を彼女の方に向けて伸ばしてみせる。


「脚の長さのご自慢ですか?ワァー、スゴーイー」
「まさか。ほら、此方も拭いて下さい」


私の台詞を聞いて、ふざけた彼女の頬があからさまに引きつった。


「……………へ?」
「汚したのならば、全てきちんと片付ける」
「で、でもっ」
「そんな簡単な事も出来ないのですか?」
「ぐ…」
「ああ、嘆かわしい。私の可愛い副官はここまで無能だったとは」
「ぐぬぬぬぅ〜っ!」


私はトドメにとばかりに溜め息を吐き出し、額に手を当て天井を仰いだ。
さて、彼女はどう出てくるのか。

指の隙間から彼女の様子を窺った。
アーデルハイドは歯を食いしばり、柳眉を逆立てて何かを考え込んでいるようだ。
そして、しばしの葛藤の後、不満を全面に押し出しながら、机上のタオルをひっ掴んだ。
プライドよりも、責任もしくは罪悪感が勝ったのだろう。


「……シツレイシマス」


彼女は渋々私の前に膝を折り、私のズボンの裾を拭き始めた。
その顔の何たることか。
今まで見せたことのない愛らしい不満顔だった。
私は緩む表情を引き締め、肘掛けに頬杖をつきそんな彼女を眺めた。




 
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