◇F/Alchemist

□彼が私で私が彼で
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「なんじゃこりゃぁぁ!?」


思わず上げた悲鳴が、私の声にしては低い。
それ加えて、私の前に私が立っている。
別に目の前に鏡があるんじゃない。
だって此処はいつもの執務室。
そんな姿見は置いていない。
それなのに、手の届く所には、肩ほどの長さの灰色の髪に、赤い瞳を困惑の色に染めている可愛らしい女の子。
うん、間違い無く私だ。


「これは、どういう状況ですかね…」


その私が眉間にシワを寄せ、こめかみを押さえた。
きっと、今の私を見たり聞いたりした知人友人は、違和感を覚えたに違いない。
激しく動揺していながらも、冷静さを失わないように感情を抑えた喋り方。
私は決して、そんな喋り方をしないからだ。


「私が聞きたいですよ!何コレェー!?」
「アーデルハイド。私の姿で取り乱すのは止めてください」


そう。
今、私の姿をしているのはキンブリーで、私が今キンブリーなのだ。
良く分からないなんて苦情は聞きません。
だって、私自身分かってないんだから。


「視点が普段より高いのが悔しい!ちくしょぉー」
「落ち着けと言っているでしょう」
「なんで少佐は落ち着いていられるんですかっ」
「十分混乱していますよ」


手首を掴まれ、ソファーに座らせられる。
触れた手に妙な違和感があった。
その正体を見つけるよりも早くキンブリーが口を開く。


「…整理してみましょうか」


整理も何も、私がすっころんで、ソファーに腰掛けていたキンブリーの頭と頭がゴチン!


「で、気がついたら二人の中身が入れ替わっちゃった…と」
「なんと非科学的な…」
「でも、実際こうして入れ替わっている訳ですしィ」


隣に私が深刻そうに座っているのも不思議な気分だ。
しかし、自分の手で顔を覆ったつもりなのに、両掌に対になる錬成陣があるのも不思議で仕方がない。


「アーデルハイド。私の姿でしょぼくれないでください」
「だぁってぇ〜」
「頼みますから」


珍しく、私の姿をしたキンブリーがうなだれる。
そして、真剣な声と表情で言ってきた。


「想像してみなさい。私が貴女の前で、イヤイヤと駄々をこねている様を」


言われて想像した。
キンブリーがイヤイヤ?


「………うわぁ」
「理解したら止めなさい」
「了解です」


理解しても、クセは変えられるものじゃない。
感情を体一杯使って表現したかった。
だが、一応気を使って今度は肩を落とすに留めた。


「しっかし、先人と同じ道を通るなら、打開策は階段落ちとか雷に撃たれるとか、ンな命懸けの方法とかしかなくなっちゃうんですが」
「階段落ちなら、酷くともまだ全治一ヶ月程度に収められるでしょう」
「最悪、死もありますよ。まぁ、私一人でなら無傷ってのもアリですけどネ」
「二人一緒でなければ意味がないでしょうが」
「ですねー」


ちくしょう。
なんなんだよ、この協同作業。
嬉しくもないし、幸せにもなれないよ。


「とにかく、今これからをどうするか考えましょう」


言って、キンブリーがウザったそうに前髪を掻き上げた。
いつもオールバックだから馴れないのだろう。


「うーん」


これからか、と私は口の中で呟いた。
私達の勤務時間はだいぶ前に終わった。
つまりこれから着替えて、それぞれの家に帰らねばならないのだ。


「待って…ッ!少佐女子更衣室に入るの!?」
「貴女の姿なのだから問題無いですよ」
「いや、あるだろ!女の子達が無防備になっている場所に男がノコノコと入って行くんですよ!?」
「ご安心を。貴女ならともかく、その他大勢の女性の着替えなど興味ありませんから」
「う…」


私は、そうハッキリ言われて言葉に詰まってしまった。
ここは喜ぶべきなのだろうか。
それとも病院を紹介するべきだろうか。


「それよりアーデルハイド。貴女こそ男子更衣室に行くのですよ?」
「あ…」


失念していた。
むさっ苦しい野郎の園、男子更衣室。
私は、そこに足を踏み入らねば帰れないのだ。
入ったら最後、見たくないモノを見てしまうかもしれない。
鏡の前でポーズを取る輩や、秘密の薔薇色の世界を垣間見てしまうかもしれない。


「でもまぁ、ちょっと見てみたいから大丈夫、問題無い」
「…ロッカーのナンバーを教えてください」


キンブリーは深く深くため息をついた。




 
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