◇F/Alchemist

□二月十四日
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「はぁ…。要らぬ恥をかきました」
「恥かいたのは私ですぅ…」


泣き続け、すっかり目を腫らしたアーデルハイド。
すんすん鼻を鳴らしながら、目元を拭っている。

私の投げた蜘蛛の玩具は、弧を描いて見事に彼女の頭上へと落ちた。
顔の覆いを外していれば、避けることも出来ただろうに。
そこまでの経過を目にしていなかったアーデルハイドは、己の頭に落ちたソレを手にしてしまった。
そして、腰を抜かしたのだ。
あの盛大な悲鳴を上げて。
おかげでまだ耳が痛い。
結局その後も立ち上がれず、担がれ私の執務室まで運ばれて今に至る。

私は己の席で、ソファーに腰掛けた彼女に向かって溜め息をつく。


「貴女が妙な企みを企てるからでしょうが」


これこそ自業自得だ。


「企みって、別に…。少佐がターゲットだなんて言ってない」
「態度が言っていました」
「イタズラを考えていたワケでもないし…」
「では、一体何がしたかったのですか?」


訊ねた途端に唇を尖らせ、黙る。
こういう時は黙秘しようとしているのだ、コレは。
そして、隠し事は後ろ暗いものの確率が高い。
何事か言葉を吐いているが、歯切れが悪く小声の為聞き取れない。


「なんですか」
「……別にィ」
「怒らせないでください」


少し声音を低くして告げる。
すると、観念したのか、アーデルハイドは大きく息を吐き出した。


「…少佐、この間言ってたでしょ?」


彼女は言いながら上体を倒し、腿を裏から抱えた。
この間というのは、あの贈り物云々の話の事だろうか。


「たまには何かあげようと思って、それで…」
「で、あの玩具ですか」


だとしたら、随分と子供じみたサプライズだ。
そして、私に渡した後の事を考えなかったのだろうか。
結果は勿論、今と同じだ。


「ちがーう。前に、男のヒトを驚かせるのに良いモノって何かなぁ?って話はしたけど…」


アーデルハイドはぷっくりと頬を膨らます。


「アイツ、『驚くモノ』の件だけ覚えてた。それが成り行きですよっ」


投げやりに言って、彼女は更に体を折り畳んでしまった。
丸くなり、無防備な背中を見やる。
覚えていてくれた事も、贈り物を考えてくれた事も素直に嬉しかった。
しかし、気持ちは嬉しいのだが…


「…あんな部下そのイチに相談したのは気に入りませんね」


私も彼女の座るソファーに腰を下ろす。
すると、彼女は顔を起こして視線を寄越した。
が、逸らしてしまう。
理由はすぐにわかった。
泣き腫らした目だけでなく、頬も熱を持ち始めたようで目に見えて赤い。


「そもそも、私と彼の趣味が合うと思いますか?」
「……思わない」
「でしょう?」


普段よりも低い場所にある頭を指の腹で撫でてやる。
そうすれば、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。


「最初から私に訊ねれば良かったものを」
「意味ないじゃないですか」
「そんなことはない」
「少佐、驚かせたかったんだもん」
「常に貴女のする事には驚いてますよ。そして、今は驚くを通り越して呆れています」
「むぅーっ」


どうして『驚かせる』に重きを置くのだろうか。
子供じゃあるまいし……いや、子供か。
むくれて丸くなる様は、どうみても大人の態度ではない。


「で、明日は何をくれるんです?」
「忙しくって買いに行けてないのでナイ!残念でした!!」


まぁ、確かにここ数日は目の回るような忙しさだった。
よって、言い出した私自身も用意は出来ていない。
最近のスケジュールを恨めしく思い返す。
家にも戻れていないのだから仕方がない。




 
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