◇F/Alchemist
□番犬物語《上》
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「あれ、やっぱり無い」
盆を抱えて執務室に帰ってきた私は、予想が外れてがっくりと肩を落としたのだった。
「どうしたのですか」
書類に書き付けていたキンブリーが顔を上げる。
「マグカップが無いのです」
「貴女の?」
「はい」
赤地に黒の市松模様の入ったお気に入りのマグカップ。
お茶を淹れようと思ったら、棚から消えていたのだ。
なので、ちゃんと棚に残っていたキンブリーのカップにだけお茶を淹れて戻ってきた次第だ。
彼はカップを受け取りながら、短く息を落とす。
「使った際、どこかに置き忘れたのではないのですか?」
貴女の事だから、とキンブリーは視線で付け足す。
「最後に使った時、ちゃんと洗って片付けました」
だから、現に私のデスクの上に無いんじゃないか!と目で返す。
すると、鼻で笑われてしまった。
カチンときたが、言い返しても仕方がない。
「あーあ。みんなも知らないっていうし。どこいっちゃったんだろ?気に入ってたのになぁ」
「なんでしたら、新しい物を買ってあげましょうか?」
キンブリーの一言に、今度は乙女の感がピピピーン!ときた。
「実は少佐が割っちゃったんじゃないですか?だからそんな事言うんだ。やだなぁ。私怒りませ…」
黙って向けられた男の表情に、余計な事ばかり喋る口が止まる。
「ん?」
「えへ、冗談です…ッ!えへへ〜」
笑顔で怒られちゃった。