◇F/Alchemist

□狼が一匹狼が二匹
1ページ/4ページ




「少佐、おはようございます」


軍服をまとい、執務室の扉をくぐれば、アーデルハイドが笑顔で頭を下げた。


「おはよう」


彼女は、確かに私の目の前に立っている。
なら、あれはやはり見間違いだったのだろうか。
しばらく無言で視線を合わせていたら、その時間に比例してアーデルハイドの顔が青ざめていった。


「ど、どうかしましたでしょうか?」
「貴女、今まで此処で仕事をしていましたよね?」
「ちゃんとしてました。サボってなんていませんっ」


訊ねた途端、彼女の青かった顔に色が戻ってきた。
どうにも、その顔から視線を外すことが出来ない。


「なんでそんなに疑うんデスカ」
「いえ…」
「少佐」


腰に手を当て、はっきり言えと全身で主張してくる。
頬はすっかり紅色だ。


「来る時にアーデルハイド、貴女を見たんですよ」
「私を?」
「ええ」
「少佐のお宅の方で?」
「ええ」


この目の前でサボタージュの嫌疑をかけられ、憤慨している女にそっくりな人間を見た。
顔の形、背格好それらが似ている人間なら多く存在するだろう。
だが、あの横顔は間違い無くアーデルハイドだった。
それを説明すると、彼女は納得したように一人頷いた。


「何か心当たりが?」
「ドッペルゲンガー、かな?」
「そんなはモノは有り得ないでしょう」
「じゃあ、私の生き霊。私ったらそんなに少佐に会いたかったのかしら。いやだわ〜」
「等しく馬鹿げてる。ですが、会いたかったと言うのは気に入りました」


私に会いたくなったから仕事場を、又は気持ちが体を抜け出してきた。
だとしたら、悪い気がしない。
つい、締まりが悪くなった頬を手で覆う。
まだ勤務は始まったばかりだ。
彼女にかまけているワケにはいかない。
しかし、追い討ちをかけるつもりか、アーデルハイドはこんな場面では珍しく、にっこりと無垢に微笑んだ。


「会いたかったですよ」
「…珍しいコトもあるのですね」


仕事は後回しでも問題ないだろうか。
だが、そんな甘い考えはすぐに打ち壊された。


「今日は、決算書類がたっくさんあるんで」


ほら、と彼女が指差すデスクの上には紙束が積まれていた。


「………もう結構。仕事に掛かりましょう」
「よろしくお願いします。それでは」


彼女は一礼をして、ファイルを抱えてさっさと部屋を出て行ってしまう。
たまに可愛い事を言ったかと思えばこれだ。




そんな会話をしてから随分日にちが経った頃、私達は勤務中に車で外出をした。
用事を済ませ、帰路につこうとした時、アーデルハイドが運転席から身を捻り口を開いた。


「少佐。ちょこっと寄り道してもよいですか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」


彼女は、しばらく車を走らせる。
車窓から流れる見覚えのある風景。
この道のり、彼女の目的地は私の自宅に近いのではないだろうか。


「じゃ、待っててくださいね」


車を路肩に停めて、すぐ側にあった喫茶店の中に消えていく。
それを確認し、瞳を閉ざす。
眠りに落ちるでもなく、少しだけ肩の力を抜いた。
どうせ、三十分は戻って来まい。

―――コツコツ

しかし、予想に反して数分経った頃、窓ガラスが叩かれた。
瞼を上げれば、車外には私の副官が緊張した面持ちで立っていた。


「お、お待たせしました」
「なんですか、その格好は?」


だが、数分して戻ってきたアーデルハイドは先程の姿とは違っていたのだった。

紺色の生地のウエイトレス、というよりメイドと呼ぶ人間が多いだろう衣装。
フリルやらリボンやらがふんだんに使われていて、彼女好みではあるだろう。
スカートは膝上五センチ、といったところだろうか。


「似合わないことはありませんが、仕事中ですよ。軍服はどうしたのですか」
「あ、え…と…」


急に困ったようにオロオロとし、スカートを翻し店に戻ろとするアーデルハイド。
私は車の扉を開け、その手を掴んだ。


「待ちなさい」
「あ、あの…」


腕を振って、逃れようとする。
その抵抗は、どういうワケか普段よりも弱々しく感じられた。


「言いたいことがあるなら、逃げずにこの場で言いなさい」
「…、…ッ…」


今にも泣き出しそうな彼女は唐突に頭を下げた。


「アーデルハイド」
「すみません!姉がご迷惑かけてます!!」
「……は?」


姉?


「ひっかかった。ひっかかったー」


冷やかすような声と共に、軍服を着込んだアーデルハイドが店の中から現れた。
小走りに駆け寄ってくる女の表情、あれは当人を殴り倒したい衝動に駆らせる悪童の笑顔だ。




 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ