◇F/Alchemist

□失せ物
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「無い!」


化粧台の周りには無かった。


「無い!無い!」


ベッドの脇のサイドボードにも無かった。


「無い!無い!無い!」


研究室の机の上にも無かった。
洗面所にも落ちて無かった。
勿論、お風呂にも無かった。
昨日着ていた上着のポケットや、カバンの中身も全てひっくり返したが見当たらない。


「…な、無い…」


状況は最悪だ。






今朝起きて、左手の指に違和感を覚えたのだ。
一体なんだろうと、不思議に思いベッドに寝そべったまま、手を天井に向けてかざした。
そして、普段そこ着けている物が姿を消している事にようやく気が付いたのだった。

勿論、すぐさま飛び起きて、家中の指輪を外す可能性のある場所を探して回りましたとも。
回って、回って、得られた成果は家には無いらしいということ。
そこから、今度は必死に大至急丁寧に記憶を辿って、行き着いたのは昨日のお昼過ぎの記憶。
格闘訓練に出掛ける前だった。
指にはめたままでは危険だから、外して仕事机の引き出しにしまったはずなのである。


「無い。なんで〜…」


しかし、無かった。

今、目の前にある仕事机の引き出しの中に指輪は無かった。
全部の引き出しをひっくり返してみたけど、無かった。
訓練の時などは、外して此処にしまうのが習慣になっているのにだ。

私は、ひっくり返した机の中身を雑に戻していく。
この際、引き出しが閉まれば問題ない。

此処はキンブリーの執務室。
窃盗盗難事件が起こるなんて確率は限り無く低い。
主や私が同時に留守にする際にはキチンと施錠しておくのだから。
有り得ないと言っていい。
だとしたら、残された可能性はひとつ。


「お、落としたのか…」


なら!と思い立つと同時に、遺失物係の部屋まで駆けて行く。
途中、廊下は走るな!と言われたような気がしたが気にしない。
していられない。
けれど、そこに無かったら?
いや、あるはずだ。
あってほしい。

しかし、それらしい物は届けれていなかった。
執務室までの帰り道、髪の毛がぐしゃぐしゃになるのも構わず、私は頭を強く抱えた。


「誰か嘘だと言って〜…」


最悪がほぼ現実になってしまった。




 
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