◇F/Alchemist

□喪失
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「アンタ、誰?」
「何を…」
「げっ、もしかして私が忘れちゃってるだけ!?ごめんなさい、今思い出すから待って!」


一体、何が彼女に起こったのだ。








端的に言おう。
私と副官のアーデルハイドは事故に遭った。

勤務中、アーデルハイドの運転する車に民間の車が衝突したのだ。
そして、普段通り私は彼女の運転する車の後部座席に座っていた。
覚えている限りこちらの運転に非はなく、相手の車のスピードの出し過ぎと運転ミスが原因である。

そんな事故に遭いながらも私には大した怪我はなく、打撲と擦過傷に軽いムチウチ程度で済んだ。
だが、アーデルハイドは違った。
軍用車は大破し、潰れた車体に挟まれた運転席のアーデルハイド救出には手間取ったらしい。
私は救出された時は気を失っており、後に見せられた彼女の青い軍服は所々赤く染まっていた。
そんな状態だったからなのだろうか。





「ええ〜、記憶喪失ゥ〜?」


病院のベッドの上で上半身を起こしたアーデルハイドは承服出来ないとばかりに、医者の告げた病名を繰り返した。

「そう。だって、君、そこの頭に包帯巻いた男のヒトがわからないんでしょう?」
「うん、まぁ…それはそうだけど。うっかりボケかもしれないじゃないか」
「貴女の年齢でそれはマズいね。けど、他にも記憶のソゴがあるんでしょう?」
「うう〜っ」
「さあ、今日は何年の何月何日?」
「ぐぬぬぅ〜っ」


医者が己の状態を認めたがらないでぐずるアーデルハイドの外堀を埋めていく。
その様子を、私は病室の隅から椅子に腰を掛けて眺めていた。


「そんな馬鹿なァー」


意識を失った状態で車から救出されたアーデルハイド。
潰れた車体に挟まれていた左足にはヒビが入り、今はギブスで固められ、吊されている。
着替えさせられた入院着の隙間からは、体中に巻かれた包帯が姿を覗かす。
文字通り満身創痍だ。

彼女は、意識が戻るなり己の身が状況に違和感を覚えたようで、看護士などを質問攻めにしたらしい。
そして、見舞いに来た私を見て言い放った。

『アンタ、誰?』

その瞬間、驚愕も怒りも入り混じった激しい感情に襲われた。
だが、すぐに激情はどこかに行ってしまった。
彼女の見せる言動には悪意がないのだ。
本当に他人に対する態度を取っている。
そんな彼女にどう接して良いのか分からなくなってしまう。
そんな己が腹立たしく、情けない。

ずきりと痛む頭に巻かれた包帯に触れる。
そう、頭に包帯を巻いた男のヒトとは私の事だ。


「失礼する!」


唐突に青い軍服を身に着けた中年の男性が病室に飛び込んできた。


「あー、親父だ。老けたなぁ」
「心配して飛んでくれば何という言い種だ!」
「そうか。何年か分の記憶、忘れちゃったってマジだったのか〜」
「忘れちゃったとはどういう事だ!?」


あっけらかんと言う娘と取り乱す父親。
一緒に事故に遭った者としてどう言い繕ったものかとも思ったが、医者に丸投げにしてしまう選択をした。




 
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