◇F/Alchemist

□いらないサプライズ
1ページ/3ページ





鏡の中に映り込む私の姿。
薄いグレーの髪に、そろそろ旬を迎える果物のように赤い瞳。
それらは昨日から、いや生まれた時から変わりない。
しかし、鏡の中の私は昨日とはほんの一部分だけ違うのだ。


「あーあ」


これも全てキンブリーの一言が事の発端である。





勤務中。
公用車で上官を運んでいる時の事だった。


「そう言えば、貴女、あけていませんね」
「何がですか?」


ルームミラーの中で、後部座席から手が伸びてくるのが見える。
私の耳たぶにくすぐったい感触が神経を通して伝わる。


「ピアス」
「ああ、そうですね。キッカケがなかったもので」
「なるほど」
「ほら、放してクダサイ」
「これぐらい、いいではないですか」
「こっちは運転中なんですよ!死にたいんですか!!」


ガーッ!っと怒鳴ると、指が逃げていく。
ハンドル握ってるヒトの背後から耳触るって、何考えてるんだ。



ホント、何考えてんだ…。


「…キンブリーさん。お気持ちは嬉しいんですけど」
「けど?」
「耳に穴なんてあけないんだからっ!」


本日、勤務終了と同時に、私の誕生日でも何の記念日でもなんでもないのに、キンブリーからプレゼントを貰ったのだ。
正直、思いがけないサプライズに胸が躍った。
小躍りなんて表現じゃ全然足りないくらい躍りましたとも。
だけど、それも箱の中身を確認するまでの事でした。

リボンのかけられた贈り物は手のひらに収まる小さな箱で、受け取った瞬間にアクセサリーなのは分かった。
指輪だろうか。
それとも、イヤリングだろうか。
はたまたネックレス?
ついつい顔がニヤけてしまうのを隠しきれず、期待を胸一杯に箱を開けた。

だが、箱の中身はピアスだったのだ。

先日車内で話したように、私の耳には穴があいていない。
つまり、コレを着けるには耳たぶに針を通さなければならない。
で、私の傷ひとつない柔らかいこの耳たぶに穴を穿つのは、目の前でにこやかに笑っているキンブリーなのだろう。

そう。
コレは好意のプレゼントではなく、白い悪魔の思いつき。
自分が楽しめそうだと思ったから、わざわざこんなお高いブランド物のピアスを購入してきたのだ。
なんて恐ろしいヒト…ッ。

身を犠牲にして、彼のお遊びに付き合ってなんていられない。
私は小箱をキンブリーの胸に強く押し付けた。


「返品!お気持ちだけ頂きます…ッ!!」


途端に、キンブリーは悲しそうに顔を歪めてしまった。
私は私で後悔に襲われる。
キンブリーは、じっと己の胸に小箱を押し付ける私の手に視線を注ぐ。


「…気に入って、頂けませんでしたか」
「うう…っ」


騙されるな私。
いくらしおらしい声を出していたからって、態度をみせていたからって、あれは演技。
悪魔の演技に騙されてはいけないんだ。
あれは演技、あれは演技、あれは演技、私を捕まえる演技…。
と、魔除けの呪文を胸の中で幾度も幾度も繰り返す。


「し、品物に文句はありません。これがイヤリングだったら完璧です」


それなのに。
ああ、それなのに…っ。
箱を持つ手に、やんわりと手を重ねられた。


「でしたら、コレを機にピアスにしてみませんか」
「や、やだっ」
「ああ…。せっかく、貴女に似合う物を選んできたというのに」
「ううう…っ」
「気に入らなければ、穴を塞げば良いではないですか」
「ぅぬううう…っ!」


断りきれない私の馬鹿。




 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ