◇F/Alchemist

□Oh、ベイビー
1ページ/3ページ





ああ、今日ほど軍部に登庁するのが憂鬱だった日は無い。
こんなにも注目を集めた事も無い…ハズである。

我が上司キンブリーは珍しく、公共スペースで部下その一やその二と会話をしていた。


「あ、中尉。おはよう、ござ…!?」


まず、その一の挨拶。
その二は口を開けた時点で硬直した。
彼らと向かい合うようにして、つまり私に背を向けていたキンブリーは疑問符を頭の上に浮かべたまま振り返る。
が、次の瞬間細い目をまん丸く見開いた。


「…アーデルハイド、その腕の中の赤ん坊は一体…」
「う、産まれちゃった、えへっ!」


この発言で漂った微妙かつ、生温くも冷たい空気を皆さんに是非味わって頂きたい。







「計算上、間違いは無いと思うのですが」
「そういう計算をするのは女の私の方だから!」
「ああ、しかし、万に一つ、貴女の不貞があったとしたら…」
「私ってそんなに信用無いの!?って、違う…ッ!!」


キンブリーも、私が赤ん坊を連れて登庁したのに相当ビックリしたらしい。
私の「産まれちゃった!」発言の後、青ざめた顔でそんな事をのたまった。

遂にはその場で腕組みをして、唸りながら考え込み始めてしまったので、腕を引っ張って執務室にぶち込んだ。
でもって、その場に居た部下達には箝口令を強いて私も執務室に入った。


「なんだ、あの驚きよう!」


部屋の中にはいまだ衝撃で顔色を曇らせ、立ち呆けているキンブリー。
なんか腹立つ。


「少佐、深呼吸!」
「…何度もしました。しかしまさか、出来ちゃったの前に、産まれちゃったと聞かされるとは…」
「さっきのは冗談ですから!」


しっかりしろ、理系研究者。
専攻が違うからって、命が産まれるまでのプロセスは頭に入っているハズなのだから。


「少佐、よく見て!この赤ん坊は生後数ヶ月!!拾ったんですよっ!!!」
「……拾った?」


腕に抱いていた赤ん坊をキンブリーに差し向けた。


「今日はちょっといつもと違う道を通って来たんですよ。そうしたら、裏道に封のされた箱が落ちてまして」


それも、割と道の真ん中に落ちていた。


「その箱の中からミャーって。だから、猫かなって思って開けたら、なんとヒトの子でした」


私は今日登庁するまでの事実を全て話した。
よろよろと執務机に寄りかかり、顎を撫でるキンブリー。
しばらく宙を睨んで、床を睨んで、視線を上げると肩を落とした。


「それは、また残酷な」


どうやら、ようやく正気を取り戻したようである。


「それで一応、私の連絡先を書き残して、この子を保護してきたんです」


腕の中を覗くと、うっすらと開いた目が私を見ていた。
小さな手がもぞもぞと動く。
何かにすがるように伸ばされた手に指を差し出してやると、赤子は私の指を掴んで目を閉じた。


「ああ、もう。こんな天気の悪い日にあんな事するなんて…」


見上げた窓の外は小雨模様。
私だって、長袖を羽織ってきたというのに。
小さな赤ん坊に与えられていたのは、薄手の服とおくるみ一枚。

小さい命の体温を保つ為にロッカーにしまっておいたありったけのタオルで包んだが、はたして足りるだろうか。
此処に連れて来るまでの間、泣きもしないのが心配でしょうがない。


「低体温にはなってないと思うんだけど」
「アーデルハイド。保護してきた所までは上出来ですが、これからはどうするのですか?」


キンブリーの目が、仕事の邪魔になるモノは捨ててこいと訴えている。
そんな事は出来ない、出来っこない。


「まぁ、まず親からの連絡を待ちます。期日は今日一日。それでも駄目でしたら、担当の部署に引き渡して、私が足長おじさんになるまでです。仕事もキッチリします」
「そうですか」
「ところで、少佐」


私の責任は取る発言を聞いて納得した風の男に向かい、ニッコリと顔面に笑顔を貼り付ける私。
経験上の反射でか、キンブリーが唇を一文字に引き結んだ。


「誰が不貞を働いたですって?」
「…その赤ん坊の髪の色をご覧なさい。貴女とも私とも違う」


赤ん坊の柔らかく細い髪の毛は、明るい茶色。


「ウチのパパ上は茶髪ですけどね」
「……」


私が母親だった場合、遺伝してもおかしくない毛色だ。
キンブリー側の血統がどうなのかは知らないケド。


「私の事、そんな風に見てたんですネー。ヘー、ホー」


しばらく恨めしさを込めて、じとぉーっと睨み付けてやる。
すると珍しいことに、キンブリーは両手で顔を覆い俯いてしまった。
手の隙間から溜め息がこぼれ出る。


「驚いたんですよ。男というものは、ある日突然父親になるものだと聞かされてますが、あまりに突然過ぎて混乱しました」
「そーですかー。ま、いいですケド」
「アーデルハイド」


キンブリーは急に顔を上げて、真剣な面持ちになって言い放つ。


「勿論、貴女に産んで貰う事には異論ありませんので、あしからず」
「産まないデス!では、今度は外の部下達の誤解を解いてきます!!」


ついでにおしめとか、ミルクを買いに行って貰おう。




 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ