◇F/Alchemist

□陽当たり良好な庭付き一戸建てと白い犬
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目が覚める。
カーテンのかけられた窓の隙間からは朝日が射し込んでいた。
しかし、まだまだ薄暗い室内のベッドには私ひとり。
昨夜、眠りに就くまではもう一人居たはずなのだが、彼女はもう目が覚めたのだろうか。

私は眠っている間に乱れた己の黒髪を撫でつけ、寝間着の上からガウンを羽織ると寝室を出た。
短い廊下を進み、突き当たった台所に佇む小さな人影。
ソレはこちらに背を向け、たどたどしくも朝食の支度をしていた。


「おはよう」


反応して石灰色の髪が揺れる。
声をかけられた人物が振り返った。


「しょーさ、おはよ!」


元気良く応えたのはアーデルハイドにも、私にも似た幼子。


「…おはよう。私の事はなんと呼ぶように教えましたか?」
「おとーさん」
「なら、そう呼びなさい」
「やだ!」


きゃはは、と幼児らしい笑い声を上げて子供はパンの入ったカゴを抱えてリビングへ走っていった。


「毎朝の事だけど、変わらないやり取りですねェ〜」


台所に残って、幼児に負けない子供らしさでケラケラと笑う女。
私の伴侶。


「少佐、おはようございます」
「おはよう。今朝のメニューは、また目玉焼きとベーコンとサラダですか?」
「今朝は、スクランブルエッグとベーコンとサラダです」


皿に乗るのは確かに失敗した目玉焼き。


「毎朝の事ですが、このメニューも変わりませんね」
「失礼な!今日のスープは違いますゥ〜」
「おや、珍しい」


唇を尖らせて、彼女が指差した鍋の中身はいつものようなコンソメベースのものではなく、何かのポタージュスープだった。
材料は一体何なのか。
悩む間もなく、答えはすぐに制作者から告げられた。


「昨日、ジャガイモが大安売りだったんですよ。だから、ついつい沢山買っちゃった」
「これはこれは。なかなかの量ですね」


我が家の台所にある中で、一番大きなサイズの鍋いっぱいに白濁のスープが満たされていた。
これは片付けるのに三日、いや一週間はかかるかもしれない。
料理の味自体は悪くはないのだが、どうしてこう大ざっぱなのだろうか。


「相当な手間がかかったでしょう?」
「錬金術って便利ですよネ!」


イヤミのつもりで言ったのだが、あっさりかわされてしまった。
そして、彼女が得意気にかざした鍋のふたの内側には錬成陣。


「…はたして、ソレを手作りと呼べるのでしょうか」
「呼べます!手作りスープ、手作りパン、手作り合成獣!台所は錬金術の始まり!!さあ、少佐は洗面所で顔を洗ってきてください」
「しょーさ、タオル〜」
「ああ、ありがとう」


いつの間にか、幼子がキチンと折り畳まれたタオルを運んできてくれていた。
両手で差し出されたソレを受け取り、礼を言う。
すると、幼子は弾けたように笑う。


「どーいたしました!」


お使いを済ませた幼子は、またリビングに戻り、テーブル脇に一脚だけ置かれた子供用の椅子によじ登り始めた。
それにしても―――


「アーデルハイド。貴女の真似をして、あの子供がいまだに私を『しょーさ』と呼ぶ」
「だって、少佐はまだ少佐でしょう?」


確かに、この身はいまだ国軍少佐ではある。


「それは、いつまで経っても昇進出来ないでいる私に対するイヤミですか?」


睨め付けるが、さらりと受け流され、やんわりと微笑まれてしまった。


「別に昇進しなくてもいいんですよ?忙しくなっちゃうし、責任はどんどん重くなるし。…貴方が家に居る時間も減っちゃうし」


私も予備役になっちゃったでしょ?、と少し声を落として呟くアーデルハイド。
何故、彼女はいつもいつも素直に感情を口にしないのだろうか。


「…そうでしたね」


軍を離れてしまうと、以前のようにお互い常に側には居られない。
私も、もう少し努力をするべきか。
そう殊勝に考えていると、アーデルハイドが握っていたフライ返しを宙で一振り。


「それにホラ、転属になると困るしネ!」
「……」
「転勤にくっついていくとなると引っ越しが大変だもの。職業柄、どうしてもヒトに触られたくない物もありますから」


荷造り荷解き面倒くさいわ〜、などと軽口を叩きながらフライパンの中のベーコンを皿に盛り付けていく。


「私との時間より、引っ越しの手間ですか。複雑ですね…」
「だから、引っ越ししなくて済むよう…むっ!」


顔を近づけて、彼女の唇に触れる。
こうすれば朝から不愉快な話を聞かなくても済む。
だが、すぐさま彼女の方から離れていってしまった。



 
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