◇F/Alchemist
□もこもこフワフワの下には牙がある
1ページ/2ページ
ある時、知り合い程度の上官に言われた事がある。
「常に、可愛い女の子が身の回りの世話をしてくれるだなんて、羨ましい」
「そのような物欲しげな声で言われても、アレはお貸ししませんよ」
「ケチだなぁ。ああ、ウチのゴツいのと違って見てるだけで癒されるんだろうな」
有能で、可愛いらしい子犬のように尻尾を振る副官。
彼女の表面だけしか知らない人間は、皆大抵このような感想を持つ。
昼の司令部。
出勤の為に登庁すると、勤務交代の時間のせいか、制服と私服が入り交じっていた。
そんな中、先に勤務をしていたアーデルハイドを開けたスペースで見つける。
毎度のことだが、あの容姿は見つけやすい。
彼女は、同様に青い制服を着た女性と話込んでいた。
「…ね、お願い!」
「うん、いいよー」
喧騒に紛れてしまいハッキリと聞き取れたのは、それぐらいだった。
アーデルハイドは私に気が付かず、何やら考えながら執務室とは逆の廊下の奥に消えていった。
「そんな事があったのですが、貴女、一体何をしてきたのですか?」
職場に入るとアーデルハイドは居なかった。
小一時間程して、戻ってきた。
何をしてきたのか気になり、引き継ぎのついでに先程の事を訊ねる。
すると、アーデルハイドはよく見てますね、と溜め息を吐きながら答えを口にした。
「ちょっと、頼まれ事を処理しにいきました」
「私は、その頼まれ事の内容を訊いてます」
「んもぅー。やましくないですよ。けど、夜ぐらいまで待っていて貰えますか?そうすれば、結果が出ますから」
「いいでしょう」
軍の食堂で夕食も食べ終えた頃、アーデルハイドが姿を消した。
居なくなった事に気づき、しばらく経つとアーデルハイドはカチャカチャと金属音を引き連れ戻ってきた。
「少佐、お昼の答え持ってきました」
両手で差し出された金属製のカゴが四つ。
銀色のソレは一つ一つがティッシュ箱程の大きさで、側面には扉が一つ。
その扉から入れば、二度と外には出れないように、内側に『返し』のついた仕掛けが施されていた。
そして、中には薄茶色の獲物が一匹二匹と大量である。
「…ネズミ…」
「そですよ。ネズミですよ」
「アーデルハイド、そのネズミをどうするつもりですか」
「ホルマリン!」
彼女は間髪手の捕獲カゴを天井にかざし、それも欲しい玩具を訊ねられた子供のように目を輝かせ答えた。
やはりそうか。
私が複雑な気持ちになっていると、アーデルハイドが大袈裟に溜め息を吐く。
「と、いきたいところなんですがね〜。ネズミのホルマリン漬けなんて沢山あるから、もう要らないんですよね」
それはそれで複雑な解答だ。
「まあ、捕まったのを不運と思って、私のイヌ達のゴハンになって貰うしかないかなぁ」
目の高さのカゴに顔を寄せ、チューチューとネズミに話し掛けるアーデルハイド。
その動作は愛らしいのに、口にした内容に愛らしさがない。
「あの体にこの量では、彼らの腹も膨れないでしょうに」
「じゃあ、鳥にあげようかな」
「…いつの間に鳥を飼い始めたのですか」
「少し前、カラスのヒナ拾ったんです」
そろそろ大きくなったからネズミもいけるかも、などとも言う。
「昼間の子は資材部の子でして。最近、倉庫にネズミが出るようになって困ってると言うので、仕掛けを作りに行ってたんですよ」
「その資材部の子とやらは、自力でどうにかしようとしなかったのですか」
業者なり、同僚なりいただろうに。
何故、よりによって彼女に頼むのか。
「だって、ネズミ怖い!すぐ退治して!!っていうんですもの。私のモットーは女の子には優しく、です。アディさんは仕事が早いんですよ」
「割と、女性は貴女の知人と同様の反応を示すものですが。副業のせいで、本業が疎かになっています」
彼女の机の上を指して言う。
今日の昼から移動していない書類が幾つもあるのだ。
「申し訳ありませんでした。本業も頑張ります」
アーデルハイドが頭を下げると、ガシャリと音が立つ。
それにしても、偏見かもしれないが、女性は突然ネズミと聞けば、きゃあっと悲鳴を上げるものだろう。
彼女の中身を知らない人間ならば、上記の反応を想像するハズだ。
けれど、今私の前に居る彼女は違う。
「ネズミなんか、たかられたら怖いですけど、単体なら平気ですよ」
このように、彼女は逞しい。
私は、己が大量のネズミにたかられる状況を想像して、不覚にも背筋に悪寒を走らせた。
「少佐だって、平気でしょう?」
「その丈夫な歯で、この肉に噛みつかれるのは嫌です」
「ああ、それは嫌ですよねぇ」
病気とかも怖いし、とアーデルハイドはカゴを持ったままの手で敬礼をした。
「それでは、ちょっと中をカラにして、またカゴ仕掛けてきます」
私はあえて、どのようにしてカゴの中をカラにするのかは訊ねなかった。
意気揚々とアーデルハイドが部屋を出て行ってすぐ、扉の向こうの廊下で女性の悲鳴が上がる。
やはり、あれが普通の反応だろう。