◇F/Alchemist
□帰り際トラップ
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時計の針が定時を指す。
ようやく、今日も仕事がおしまいだ。
まあ、上司のキンブリーだけですが。
「お疲れ様でした。それでは、後はよろしく」
「はい、引き継ぎました。ゆっくりお休みください」
定型の挨拶を済ませ、帰宅しようとしたキンブリー。
「少佐」
私はそれを捕まえた。
「なんですか?アーデルハイド…」
キンブリーの襟元を掴んで、少し背伸び。
そうして、短く事を済ませる。
「それじゃ、少佐、ゆっくり寝てくださいね」
「…ええ」
キンブリーはそのまま部屋を後にした。
「くっそー」
こっちが恥を忍んで、自らあんな事してみたのに反応無しとは。
もしかして、女子力落ちてるのかしら?
部屋の主が帰宅したので、子分の私は部屋を移動しなければならない。
その支度をしながら、ひとり毒づいた。
「もぉー、しないもんねっ」
書類をファイルに挟んだ瞬間、突然に部屋の扉が開いた。
「おわっ!しょ、少佐!?」
なんか怖い顔で戻ってきたし。
「忘れ物ですか?それとも、仕事のやり残しですか?勤勉なのはいいですけど、就業時間が過ぎたんですから、少佐は帰宅…んぅむ〜っ!?」
どういう理由か、ツカツカ足早に寄ってきた男に頬を両方から摘まれて、その上横に伸ばされてしまう。
「ひょーさぁ!?」
「貴女、本物のアーデルハイド・ヤードですか?」
何かしらの反応は期待していたが、まさかの真贋疑惑。
「本物でひゅ〜」
そうそう偽物なんて居てたまるか。
「ならば、先程のはどういったつもりですか?」
「さ、先ふぉど、ってエエイ!皮伸びちゃう!弛む!」
男の手を振り払う。
ついで、席を立って距離を取った。
キンブリーはその場から動かず、真剣な表情で腕を組んでこちらを睨み付けている。
えらく深刻そうだ。
「先程って…」
「キスの事ですよ」
そう。
私はキンブリーに対してそんな事をしてしまったのだった。
いわゆる、別れ際のチュー。
自分でやったことなのに、耳まで熱くなるなんてホント情けない。
「た、たまにはいいかなァと思っただけです!」
「私の知っている彼女なら、そんな事はしない」
た、確かに…。
でも、だからといって…
「なんでそんなに偽物かどうか疑うんです!?」
「悪趣味な人物が、私のアーデルハイドの皮を被っているのかもしれないではないですか」
「そんなん出来たら、お化けだから!」
そんな錬金術聞いたことないし。
「そりゃ、この世の中には、ソックリさんが三人居ると言われてます。私の場合一人は妹として、他は心当たりがありません。といいますか、私がアーデルハイド・ヤード本人です!」
よく見ろと、その場でクルリと一回転して見せた。
いけね、軍服のスカートがキンブリーの脚を打ち付けてしまった。
でも、彼は怒らず、けれどもじっと私を上から下まで凝視している。
「ふむ。化け損ねて、尻尾を残すような失態は犯してはいませんね」
「当たり前でしょ!タヌキやキツネじゃあるまいし」
「どちらもイヌ科ではありませんか」
「犬はヒトは襲っても、化けるおとぎ話はあんまり聞かないです!」
って、そうじゃなかった。
確認してみて一応、キンブリーは私が偽物ではないと納得したのだろう。
つい先程まで一緒に仕事をしていた人間を偽物と疑うのはどうかと思うが、仕方がない。
突然妙な行動を取ったのは私である。