◇F/Alchemist

□巻き込まれ大試練
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ガツンッとしか表現出来ない鈍痛。
眼前に星が飛ぶって経験は、久しぶりだった。




「……一体どうしました、その顔」


今朝、一番に対面した上官、キンブリーの表情は曇っていた。
私の現状を目にしたら、曇ったというのが正解だろう。


「いえ、ちょっと、引っかかれました…」


そう答えて、手で押さえた私の右の頬には猫のヒゲみたいな線が引かれてしまっているし、左の頬は多分アザになり始めている。

キンブリーはヒトの顔を凝視したまま、溜め息混じりに訝しむ。


「猫、ではなさそうですね」
「…ある意味、猫かもしれません。女同士のケンカに巻き込まれまして」


今朝、眠い目を擦って登庁して、真っ先に向かうのは更衣室。
そこでカバンをロッカーに入れ着替えをしようとしたら、事件は起きたのだった。

同じ列に並べられているロッカーを使っている、仮にAさんが、全身から怒りを迸らせて現れたBさんに突然殴りつけられたのだ。
そして始まる、金切り声をあげた取っ組み合い。

関わりたくない面倒だと思っても、居合わせてしまったら誰もが止めに入るだろう。
素人の女の子のケンカだって厄介なのに、今回はどちらも軍人。
習慣から真っ先にパーではなくて、グーが出てしまう。
私はすぐさま、短時間で大惨事になりかねないと判断し、二人の間に割って入ってしまっていた。
まったくもって、闘える人間の悲しい性である。


「なんかァー、どっかの馬鹿男が二股三股かけてたらしくって。アンタもなんでしょ!?とか言いがかりされた上、殴られちゃったんですよ。トホホ〜」
「で、こうして補導ですか」
「あはは〜」


殴られるし、髪掴まれるし、顔引っかかれるし。
私服のブラウスを掴まれ力一杯引っ張られたもんだから袖は破れる、ボタンは飛ぶ。
そして、人一倍、ボロになった格好で廊下を歩かされる。


「私、仲裁してただけなのに…ッ!」


私は、目の前に立ちはだかる鉄格子を掴んで叫んだ。
そんな私の様子を黙って観察しているキンブリーは、鉄格子の向こうに立っている。
勿論、彼が檻に入れられているんじゃない。
『私』が、檻の中だ。

修羅場の最中、通報を受け、飛んできた警備兵達がAさんBさん両名を捕縛した。
これで一安心。
と思ったら、警備の奴ら二人掛かりで私まで組伏せ、縄を打って営倉まで連行したのだ。
待て待て待て。
私は止めに入っただけだから、と抵抗したけども逆効果。
ぎっちぎちに拘束されましたとも。
他の仲裁者は連行はされてはいないから、尚更腹が立つ。

真面目に良いヒトしようとしただけなのに、どうして私が檻の中に入れられなきゃいけないんだ。
追い討ち掛けるように、この上官まで呼ばれるなんて。


「…最低ェ最悪…なに、この散々な仕打ち…」


だからこそ、せめて、あの暗くて狭くて臭い懲罰房行きだけは絶対に避けたい。


「少佐もそこの警備の奴らに言ってください!そもそも、私があの争いに参加する理由がありません!!」


僅かな望みを持って目の前の上官に助けを求める。
けれども、格子越しに助けを求める私に対し、キンブリーはしばし沈黙。
ようやく閉ざしていた口を開いたかと思えば、冷たい目でとんでもない一言を吐き出した。


「アーデルハイド、貴女がその二股三股に関わっていなければ、ですよね」
「しょーさ…ッ!?」
「冗談です」


言って、ひとりでクスクス笑い出すキンブリー。
面白くもないし、冗談でも酷い!


「安心なさい。もう、釈放の手続きは済んでいます。鍵を」


彼は恨みの睨みを利かす私を無視して、手で合図を送る。
合図を承け、傍らに控えていた警備兵が鍵束を取り出し、檻の鍵を開けた。
キィ…と耳障りな音を立てて、潜り戸が開かれる。
が、私はしゃがみ込んで動かない。
先程の冗談に全身で抗議だ。


「傷ついた!出ない!今日、サボる!」
「…ふむ。このまま、貴女を檻に入れておくのも悪くはありませんが」


しぐしげと言って、檻を見渡す。
困った表情の内で一瞬、あの細い目が妖しく光のを見逃さなかった。


「此処では、流石にヒトの目が気になりますね」
「ど、ど、どーいう意味ですか!?」
「おや、口にしても良いのですか?」
「お口チャック!」
「子供じみてますねぇ」


肩をすくめるキンブリーは指を上に向けて、手招きをする。


「懲罰用の独房に行きたくなければ、とっととそこから出なさいアーデルハイド」




 
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