コルダ

□きらりひかる
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階段を登り、屋上へ出る扉を開く。
すると、冷えた冬の空気と共に、金属を通して聞こえていたくぐもった音が鮮明になる。
音色が晴天の蒼によく映えた。
扉をくぐり、左手に折れると、音色の発生源の姿が目に入る。

ヴァイオリンを一人弾く少女。
背中を向けているが、間違いない。
吉羅のよく知る生徒だ。
この学院の中で、普通科の制服を着用したヴァイオリン弾きは今のところ彼女だけである。
日野香穂子。
彼女は足を一歩引いて、その場で回る。
ワルツを奏でながら、ワルツをひとり踊っている。
しかし、正確にはひとりではない。

「ほう…」

日野は、吉羅の一族と、彼女にだけ常に見ることの出来る小さな友人たちと踊っていた。

手のひらに収まる程の背丈しかない友人たちは、その背に透き通った羽根を生やし、ワルツにあわせて宙を舞う。
彼女が右に揺れれば、右に揺れ、左に回れば、左に回る。
その度に友人たちは、身に纏ったまばゆい光を溢れさせ、こぼす。

―――随分と愛されたものだな

ひょんな事から、音楽の妖精『ファータ』に愛されてしまった少女。

「日野君」

名を呼ぶが、反応はない。
だが、吉羅はこの無反応に慣れたものだった。
演奏中の彼女の耳は、時々自分のヴァイオリンの音以外聞こえなくなる。

けれど、成人男性の中でも長身の部類に入る吉羅の姿は、どこにいても目立つものだ。
くるりくるりと動く視界に入っていてもおかしくはないのだが、彼女は一向に吉羅には気が付かない。
友人達にのみ微笑みを浮かべ、ヴァイオリンを引き続ける。

―――相変わらず、たいした集中力だ

呆れ半分に吉羅は、日野のヴァイオリンケースの置かれたベンチに腰掛け、彼女の音を聴く事にした。

まだまだ技術は足りず。
しかし、技術は足りなくとも何か彼女の演奏は魅力があると頌する、音楽科に属するヴァイオリニストも数多く存在する。
吉羅の従兄弟も然り。
彼女は知らず知らずの内に、大勢の人間に影響を与えている。

彼女の音楽は、ひどく胸に染みた。
温かく、慈しみに満ちた音色で、聞き手の見ないようにしてきた心の傷を癒すのだ。
音楽の祝福を受けたから、このような音色を奏でられるのだろうか。
そう考えて吉羅は首を横に振る。
おそらく、祝福など無くとも彼女の音色は変わらない。

―――そんなところが、彼らに愛されたのだろうか

本来ならば生徒がファータを見る事が出来る期間は決まっている。
二、三年おきに開催される学内コンクールの出場者に選ばれた生徒が、コンクール期間中のみその存在を目に出来る。
だが、妖精に選ばれ、半ば無理矢理コンクールに参加させられた彼女は、元々小さな友人達と相性が良かったのと、コンクールの後ファータと吉羅との仲を取り持つ為に奮闘した結果、『ファータの友』となってしまった。
この学院を創った創立者と同様に。
そして、気づけば学院の後継者となった吉羅にとっても、いち生徒では収まらない特別な存在になった。

―――もし、彼女がアレと出会わなければ…

そんな事を考えていると、演奏が終わった。
日野は足を止め息を吐く。
ファータ共々満足したらしく、まるで満腹だとでも言いたげな表情だ。
吉羅は賛辞の手を打つ。




 
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