改訂版

□戯れに隠して・改
1ページ/2ページ





ーーー愛など、くだらない錯覚にしか過ぎない




キンブリーは、己のデスクに肘をつきながら、前方に配置された仕事机でペンを動かしている士官を眺めた。
最近、別の部署から引き抜いた中尉でアーデルハイド・ヤードという女性士官だ。
彼女はまだ若いが、軍籍だけではなく、国家錬金術師としての資格も持っている。

小柄で、普段は感情も豊かな女性だったが、彼女は今静かに書類に向かっていた。
しかし、そんなアーデルハイドも自分に刺さる視線に気がついたらしく、眉間に眉を寄せて顔を上げた。
彼女の血縁者にイシュヴァール出身者が存在する事を示す、深紅の瞳がキンブリーを見る。


「………キンブリー少佐、サボらないでください」
「はいはい」


キンブリーは頬を緩めて応えるも、手を動かしはしなかった。
彼女の眉が更に近寄るが、頬杖をついたままアーデルハイド眺めて続ける。

実は、このやり取りはこの時点までで片手の数を越えていた。
もっと言ってしまうのなら、彼女が配属されてからは数限りない攻防だ。
やはり耐えられなかったのだろう。

アーデルハイドは腰掛けている椅子ごと、くるりとキンブリーに体を向けた。


「少佐。お話があります」
「なんですか?」
「どーして、真面目にお仕事をしてくれないんデスカ」


まるで、面接官のように姿勢を正して、じっと上官を睨みつけるアーデルハイド。



「少佐は几帳面な方ですし、お仕事を溜めるなんてお嫌いなタイプだと思うのですが。間違っていますか?」
「よくご存じで。私の事を良く見ているんですね」


キンブリーは気分良さげに口の端を吊り上げた。
対して、アーデルハイドは喉に何か詰めたように唇を引き結ぶ。


「今は、そういう話をしていません」
「そうですかね」
「そうです!ですから、はいっ!手ぇ動かしてください!!」


ホラホラと言いながら、立ち上がったアーデルハイドは上司のデスクまで歩み寄る。
そして、むんずとキンブリーの手を掴み、手近にあったペンを握らせた。
彼女の手は男の手に比べれば小さな、しかし、しっかりとした軍人の手だった。


「………ふむ」


キンブリーは、その手をやんわりをと掴んだ。
そして、そのまま己の口元まで運び、高貴な令嬢にするように、アーデルハイドの手の甲に口付ける。


「………ッ!?」


上官の突然の行動に驚いたアーデルハイドは素早く手を引っ込めた。


「ははっ」


キンブリーといえば、悪戯が成功したとばかりにイイ笑顔を浮かべている。

可哀想に。
被害者は耳まで赤くなっていた。






 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ