改訂版

□忙しない日常、束の間平穏・改
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「かゆい」

私はハンドルを右に切りながら、呟いた。
車内に設置されたルームミラーの角度を直す振りをして、鏡越しに背後を見る。

「………」

私はさりげなく首筋を掻いた。
うーん。
さっきから首筋がチクチクしてむず痒いと思ったら、原因はアンタかい。
もう一度ミラーを見てみても、後ろの座席に座る人物と視線が合う。

「………むう」

この数ヶ月の間、数々の経験から学んだ事はたくさんある。
これもその一つだ。
只今、私がお車で送迎中のあの方が、あの表情をなさってらっしゃる時は、ご機嫌斜めでいらっしゃる。

なにかしたかな?
己の行動を省みる。
でも、ただ不機嫌とは違うような気がしなくもなくない?

思案中も背筋が凍るような視線を送られ、自然とアクセルを踏む足に注意が行く。
緊張のあまり、踏み加減を間違えて事故を起こしたら大変だからだ。
運転に気をやりながら、背後からの視線の意味を考え続ける。
少佐の顔色は悪くない。
よって、下手っぴドライバーのせいで車に酔っている。
または、どこか調子が悪い訳でもないと思われる。

次に、今週の予定を思い返してみた。
私の把握しているキンブリーの予定は、別段詰め込まれた状態ではない。
軍部の執務室の机上に、書類の山が出来てもいない。
むしろ、それは私の机の話だ。
………なんでかなぁ。

ならば、私生活が不機嫌のもとなのだろうか。
だとしたら、それこそ私の踏み入る問題ではない。
でも、私生活のトラブルも的外れな気がする。

「おっと」

私は車を止めた。
右の車線の脇の歩道で、過ぎゆく車の様子を窺う子供達の姿が見えたのだ。

停車して道を譲ってやれば、子供は大人に習った通り手を挙げ、友人達とはしゃぎながら道路を渡っていく。
学校が終わったのだろう。
その子供達はカバンを背負ったり、肩から提げたりしていた。
きっと、これから遊びにでも行くのだろう。
下校時間、いいなー。
うらやましいかぎりだ。

「ん?」

下校時間。

「あ、そうか!」

私は、ポケットから銀時計を取り出して、時間を確認する。

「アーデルハイド?」

何時まで経っても、車を発車させない私を不審に思ったのだろう。
キンブリー少佐が後ろから声を掛けてきた。
もそもそと銀時計をしまい、私は後部座席へと振り返った。

「少佐、お腹空いてます?」

彼は、腕を組んだまま、目を丸くした。
もうすぐ、おやつの時間だ。




 
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