改訂版
□番犬物語・改
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「あれ、やっぱり無い」
キンブリーの分の茶器を乗せたお盆を抱えて執務室に帰ってきた私は、己の予想が外れてがっくりと肩を落としたのだった。
「どうしたのですか」
書類に己の名前を書き付けていたキンブリーが顔を上げる。
「マグカップが無いのです」
「貴女の?」
「はい」
赤地に黒の市松模様の入ったお気に入りのマグカップ。
お茶を淹れようと思ったら、炊事場の棚から消えていたのだ。
なので、ちゃんと棚に残っていたキンブリーのカップにだけお茶を淹れて戻ってきた次第だ。
そんな雑談をしながら上官の執務机に歩み寄る。
すると、キンブリーが書類を端に寄せ、デスクにスペースを開けてくれる。
私はその空きスペースに茶器を並べた。
「あんな模様のカップなんて、間違いようが無いと思うんですけどねぇ〜」
ティーポットから、キンブリーの模様も何もない素っ気ない白いカップに紅茶を注ぐ。
彼はカップを受け取りながら、短く息を落とした。
「使った際、どこかに置き忘れたのではないのですか?」
貴女の事だから、とキンブリーは視線で付け足す。
「最後に使った時、ちゃんと洗って片付けました」
だから、現に私のデスクの上に無いんじゃないか!と目で返す。
すると、鼻で笑われてしまった。
カチンときたが、言い返しても仕方がない。
「あーあ。みんなも知らないっていうし。どこいっちゃったんだろ?気に入ってたのになぁ」
「なんでしたら、新しい物を買ってあげましょうか?」
そのキンブリーの一言に、今度は乙女の感がピピピーン!ときた。
「実は少佐が割っちゃったんじゃないですか?だからそんな事言うんだ。やだなぁ。私怒りませ…」
黙って向けられた男の表情に、余計な事ばかり喋る口が止まる。
「ん?」
「えへ、冗談です…ッ!えへへ〜」
笑顔で怒られちゃった。