F/Alchemist

□苦手で嫌いな物くらいゴザイマス
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視界端、白い壁紙に突如黒い点が現れた。
それはささっと音を立てずに壁を垂直に走って行く。


「ぅおっと!ゴキブリっ!?」


私が反応するよりも早く、アーデルハイドが声を上げた。


「むっ。」
「ていっ!」


そして素早く手近にあった紙束を丸め、それで勢い良く壁に叩いた。
乾いた音の後、獲物は力無く床に落ちる。
まだ足先がピクピクと動いていて、気色の悪いこと限りない。


「…随分と豪快に叩きましたね。」
「何せ、一匹見たら三十匹ですからねぇ。早めに潰しておかないと。」
「それにしても。貴女、もう少し可愛げのある驚き方は出来ないのですか。」
「…。」


私の一言に彼女は目を瞬かせた。
それから、可愛げ可愛げと顎に手をやり小首を傾げた後、アーデルハイドは息を吸う。


「きゃぁ!?ゴキブリよぉ〜っ!気持ち悪〜ぃ〜。」


普段よりも高めの声にあわせ、拳を口元に当てくねりとしなをつくった。
彼女は悲鳴らしき言葉を一息に言い切ると、どうだ!と私を見上げる。
対して、私の表情は冷めてしまっていた。


「今の貴女の方が気持ち悪いですね。」
「酷い!」


全力の演技を否定された彼女の頬が膨らんだ。
こういう率直な、子供のような普段通りの反応の方がらしくて良いようだ。

拗ねたままアーデルハイドは仕留めた獲物をちり紙に包み、屑籠に向かう。


「よく触れますね。」
「別に、直に触るわけじゃないですし。それに」


私はナマモノを扱う錬金術師ですよと、ちり紙と共に獲物を仕留めるのに使った紙も屑籠に投げ入れた。

すっかり忘れていた。
彼女は実験の後、瓶詰めを作ったりしているのだ。
だから、虫くらい平気なのだろう。

パンパンと軽い音で手が叩かれる。
屑籠の前で、やり遂げた感を漂わせながら此方を向くアーデルハイド。
彼女は大きな瞳で私を見つめたまま、一際大きな音を立て手を打った。


「わかった!少佐ゴキブリ怖いんだ。」
「……何を言い出すのだか。」


本当に唐突に何を言い出すのだ、この女は。
だが、ほんの数秒、たった数秒間言葉に詰まってしまったのがいけなかった。
その沈黙の意味するところを、彼女は勝手に察してニヤリと笑う。


「へぇ、そうなんだぁ。意外だなぁー。ん、意外でもないか。」


少佐きれい好きですものねと、私の弱点とネタを同時に発見し
たとばかりにニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。

確かに苦手ではあるが恐ろしくなどない。
大体あんなモノを好む人間がいるならば、お目にかかりたいものだ。
そう答えれば、アーデルハイドはへぇと気に食わない笑顔のまま返事を返した。


「いいんじゃないですか?苦手なものの一つや二つ〜。」
「アーデルハイド。」


名を呼ばれた女の表情が固まった。
彼女は私の言葉を信じていないようだ。
むしろ、馬鹿にされている。


「それ以上口を開くと、塞ぎますよ。」
「ハイ、黙ります!そして、自分は御手洗いで手を洗ってきます。」


ごめんなさいと今度こそ悲鳴を上げて、アーデルハイドは走って逃げ出した。





 
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