F/Alchemist

□野良にはなれなかった犬
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氷結の錬金術師が中央刑務所に押し入ったと情報が回ってきた。
そして中央に住む国家錬金術師として、私の元にも氷結捜索の指令がやって来ていた。

人狩りは自分達の得意とするところである。
…あまり自慢にするものではないが。

数頭の犬を連れた私が、看守に案内された場所は普通の監獄ではなかった。
複数名で暮らす房ではなく、所謂独房だ。
只でさえ中央刑務所と言われ嫌だったのに、まさか嫌の原因の元に連れて来られるとは思わなかった。


「…。」


鉄柵の奥にある独房の前。
私は被ってきていた帽子を目深に被り直し、サングラスをかける。
何故に現場にヒトを置きっぱなしにするのか、と看守に訊ねれば、彼も無関係ではないからと返された。
だからと言って、せめて房の移動くらいしたって問題はないだろうに。


「みんな、覚えて。」


閉じられた房の扉の前で犬達に指示すれば、皆素直に床などに鼻を寄せて匂いを嗅ぎ始める。


「…アーデルハイド?」


扉の向こうからもう何年も聞いていなかった声が聞こえた。


「…っ!?」


胸の奥が跳ねる。
私はその声を聴かなかった事にした。


「其処にいるのでしょう。アーデルハイド。」


何も聞こえなかったのだ。
そう自分に言い聞かせていたのに、再び名を呼ばれ無意識に口が動いていた。
これはもう長年の習慣に違いない。
そう思わなければ、私の何かが壊れてしまう。


「…います。」
「あぁ。懐かしい声だ。」


板一枚の向こうから本当に懐かしむような声が聞こえた。


「久し振りですね。」
「そう、ですね。」


彼とは反対に私の発した声は暗かったらしい。


「元気がありませんね。貴女らしくもない。」
「…どうして、明るくいられましょうか。」


もう会うことはないと思っていた。
否、何があっても会わないと、忘れようと決めてこの数年を過ごしてきた。
憎み恨みとしたくないから、忘れようとしてきたのに。


「…ッ。」


名前を呼ばれただけで嬉しくて、言葉が出なくなるだなんて。





 
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