F/Alchemist
□纏う匂いは…
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部屋に戻ってきた彼女に纏わりつく匂い。
これは―――
煙草だ。
最初は誰かの移り香かと思っていた。
男ばかりのこの職場だ。
喫煙者は少なくない。
通りすがり、使いで出向いた先の人間。
疑えばきりが無い。
自分の知らない所で男と一緒にいるのか、と考えるだけでも苛つくのだが。
しかし、これには法則がある事に気が付いた。
昼食や休憩から戻って来ると、決まってこの苦味のある匂いが鼻につくのだ。
つまりアーデルハイド、彼女が喫煙している。
結局、答えはそこに行き着いた。
「いつから吸っているんですか？」
「…はい？」
私が尋ねればアーデルハイドはファイルから顔を上げた。
時々掛けるレンズ越しの目は、何を言われたのか分からないという風だ。
「煙草、ですよ。」
そう言ってやれば、ようやく思い当たったのであろう。
マズいという言葉がハッキリと彼女の顔に浮かび上がった。
私はそれを見逃さない。
「…匂います？」
「多少。」
アーデルハイドは袖口を鼻に近づけ匂いを嗅ぐ。
右手左手、上着の合わせと嗅いで、眉を潜めて首を傾げる。
そして、しばらく考え込んでからバツの悪そうに口を開いた。
「少佐、鼻効くんですね。」
「普通ですよ。それより…。」
煙草を口にするきっかけは人それぞれだが、興味本意が一番多いと私は考える。
「いつから、どうして吸い始めたんです？」
次は…。
そう、誰かに教えられたかだ。
「……何故に、尋問口調なのでしょうか。」
二番目の理由ならば、教えた相手はがいるはずだ。
その相手は誰か。
女か男か、それに何故マズいと思ったのか。
返答によっては対応が大きく変わる。
「単なる質問ではないですか。それとも私に知られると何か不味いんですか？」
私は席から立ち上がった。
一歩づつゆっくりと進む事にアーデルハイドの表情が面白い程に青ざめていく。
私の顔は笑っているというのに何が恐ろしいのか。
「マズい事なんてありませんよっ。ですから、お席に戻りませんかっ？」
「別にいいでしょう。先程まで座りっぱなしだった訳ですし。」
もう半歩と離れていない距離まで詰め寄り、アーデルハイドのデスクに手をつく。
少々音を立てたせいか、彼女は追い詰められた鼠のように縮こまってしまった。
そんな彼女の顔を覗き込むと、やはりニコチンとタール独特の匂いがする。