F/Alchemist

□結んで繋いで
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昼過ぎの執務室。


ぷつり―――


後頭部で何かが切れる音がした。
その途端、キツく纏めてあった髪が緩み、ゆっくりと肩に落ちた。


「ああ…。」


手を回して髪を梳けば、途中に引っかかっていた髪留めが手の中に収まる。
どうやら、ゴムが切れてしまったらしい。


「……。」


視線を感じて其方を伺えば、アーデルハイドが私をぼんやりと見ていた。


「…切れちゃいましたね、髪留め。」
「そうですね。」


彼女は顎に指をやりながら、不思議そうに尋ねてくる。
私は、手櫛で後ろ髪を撫でつけながら応えた。
さて、どうしたものか。
手の中にある物は、まだまだ使える筈だったのに。
本当に不思議な事もあるものだ。


「代わり持ってるんですか?」


アーデルハイドは己の机の引き出しに手を掛け、更に問いかけてくる。


「いいえ。」


私の答えに彼女はニッと笑う。
ああ、どうやらとても宜しくない事を考えついたようだ。
如何に可愛らしく見えても、あれは悪童の笑顔なのだ。


「なら、自分のを分けてあげますっ。」
「結構。錬成で直しますから。」
「どぉーぞ遠慮なさらず!」


必要無いと言ったにも関わらず、アーデルハイドはデスクを漁り始めた。
その表情は物凄く楽しそうだ。
こうなってはもう、断っても押し付けて来るのだろう。

鼻歌と共に、机上に次々煌びやかな髪留めたちが現れる。
ヘアピン、クリップ、バレッタ…。
そういえば、以前菓子折りの飾り紐なども出てきた。
まったく、仕事用のデスクに何を詰め込んでいるのやら。
ついに彼女は、引き出しを一段丸ごと取り出して、机の上に置いた。


「貴女の引き出しは、一体何が入っているんですか。」
「それは女の子の秘密です。」


どれにしようかなぁ〜と呟きながら、二段目をゴソゴソとし始めるアーデルハイド。
まだ出てくるというのか。
どうにもこれは、親切めかして悪戯してやろうという腹に相違ない。


「ピンクやら水玉なら、幾ら貴女でも許しませんよ。」


意識した訳ではないが、私の発した声には少々凄みが利いていた。
その言葉を聞いて、ビクッと凍りつくアーデルハイド。
しばらくその状態で固まっていた。
眉をひそめ、引き出しの中を凝視ししているようだ。
一度だけ私の方をチラリと見やる。
次いで、机の上をしずしずと片付け始めた。

 
「ちぇー。」


釘を刺さねば、そんな物で私を飾ろうとしたのか。
口を尖らせた彼女は、打って変わってつまらなそうだった。


「全く…。」


自分も髪留めを直そうと、手の中でソレを転がす。
ふと、音を立て髪留めをしまっていた手が止まった。
その瞬間、アーデルハイドの唇があっと音無く動く。


「どうしました?」
「少佐少佐。これなら如何です?」


彼女によって差し出されたのは、小さく纏められた深いワイン色のリボン。
リボンといっても幅は狭く、紐のようだった。
ソレは艶が良い、おそらくシルクだろう。


「まぁ、悪くはないですね。」


私の感想を聞くと、アーデルハイドは立ち上がった。
リボンを握って、とととっと寄ってくる姿は子供のようだ。


「ですよね!じゃあ、髪結ってあげます。」


それがしたかったのかと悟ると、段々彼女が強請る犬のように見えてきた。


「触らせて下さい〜。」


目前の女は、これまで見せた事が無い程に、瞳を輝かせている。
私を見つめる赤い目が、期待に満ち満ちている。


「…。」


溜め息一つ。
仕方無く、私は来客用のソファーに腰掛けた。





 
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