F/Alchemist

□ヒトコト
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廊下で、立ち話をするアーデルハイドを見かけた。
相手はどこぞの閣下だ。
彼女は、己に触れようとする手をそれとなく交わし、笑顔で会話をしていた。


「君らは仲が良いね。」
「そう見えますか?」


私は廊下の角で立ち止まっていた。
立ち聞きをするつもりは無かった。
ただ、自然と身を隠すようになっていたのだ。


「そうだよ。いつも一緒だしね。今日は違うようだけども。」
「そ、それはお仕事ですし…っ。」


遠目に彼女の声が上擦り、頬がポッと赤くなるのが見受けられた。


「あーなる程。君達もしかして?」


下卑た笑みを浮かべて訊ねる上官。
台詞の続きは言わずもがな。
私達の関係の事だ。
彼女は何と答えるのだろうか。
私は少し期待をして、彼女の答えを待った。
けれど、驚いた猫のように跳ね上がったアーデルハイドは、


「そんなんじゃないですよぉ…。」


と手を振って苦笑いを浮かべたのだった。






私は立って、書類に目を通していた。
書棚に戻すもの。
まだ使うもの。
余所に持って行くもの。
それらを分別していた。
そんな私の背後で立ち止まるヒトの気配。
両側から伸ばされた腕が腰の辺りに回され、それはぴたりと私にくっつく。
突然の事に驚きはしたが、私は手を止めるだけだった。
…慣れって恐ろしい。
しばらく背後の反応を待ってみる。
だが、キンブリーは何を言うでもなく、身を寄せるだけだ。


「仕事中なんですけど。」


私がそう言えば、キンブリーは私の右胸にしまったある銀時計を引き出した。
私の目線の高さまでそれを持って来ると、慣れた手つきで蓋を開ける。
文字盤の上を、足並みを乱さず進む三本の針。
一瞬、長針と秒針が十二と重なった。
しかし、秒針はあっと言う間に長針を置き去りにして駆けていってしまう。


「ほら。」


パチンと音を立て、時計は閉じられた。


「貴女と私の就業時間は過ぎました。今からはプライベートですよ。」


言いながら、キンブリーは銀時計を私の胸ポケットに差し戻す。
その際、指の背が微かに胸の布地に触れた。
直に触れられてはいないのに、伝わる熱に感覚が寄ってしまってひどく恥ずかしい。
私の様子に気付いていないだろうかと、少し不安になる。




 
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