celebration

□抜け出す呪文は存在しない
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息ができない

君の唇に、溺れてる。


抜け出す呪文は存在しない




ああ待って、これほんとに心臓の音?
心臓フル稼働すぎて、体が小刻みに震えそうになるのを気力でなんとかこらえる。
目の前には一護の顔。


――――どうしてこんなことに!






「石田のココアが飲みたい」

そう言い放って図々しく一護が雨竜の家に侵入したのはほんの十数分前。
雨竜の作るココアは、一護の大好物のひとつだ。
………だからといって。


「こんな時間に非常識じゃないか?」

時刻は午後10時。
雨竜は不機嫌いっぱいの声音で言うが、その手はココア作りに勤しんでいる。なんだかんだ甘い雨竜に、一護は「わりーな」と返しながら嬉しそうに顔を崩した。

2人がお互いを許す仲になったのは少し昔に遡る。手をつなぐまで、雨竜の家に上がらせてもらえるまで、たくさんの時間が一護を襲った。
今もキスができるまで、じっくり待っている状態だ。苦なわけではないが、思春期の男子だ。……苦に近い状態ではある。常に頭のなかはピンク色真っ盛りだ。雨竜に知れたら完璧引かれるぐらいに。


雨竜はそんな一護の影なる悩みになど一切気づかずに、ココアを完成させた。白のマグカップは雨竜、橙のマグカップは一護のものである。

「あ、先週買ったやつ」

「うん。…ほら、熱いからね」

「さんきゅ」


ことり、2つのマグカップが低いテーブル上に着地。
そういえば貰い物のチョコレートがあったと思い出し、雨竜が立ち上がった瞬間。


ぐらり、世界が揺れた。



「―――」

「あぶねっ」


それが地震だと気づく前に雨竜の足は揺れる床に取られてしまった。
そして、気づいたときには雨竜は一護の腕のなか。


(………え、あ、……え?)


脳内処理が追いつかない。いつもの思考回路はフリーズしてしまったようだ。
感じるのはやけに暖かな一護の腕の感触。…心臓が暴れ出した。




――――そうして冒頭へ巻き戻る。


不用意に顔を上げれば、一護の視線にばちり合って。そのまま逸らせずにどれくらい経っただろう。


「……………」

「……………」


無言。

(…む、無言はまずい、何がまずいのかわかんないけど、とにかくまずい気がする!)


「…く、ろさき」

何故だか口がうまく動かない。動くのを拒否しているみたいだ。


「………ココア、冷める」

「…ああ」

そだな、と返ってきた一護の返事に内心ほっとする。まず一護から離れようと腕をつっぱって―――引き戻された。

(っ!)


抱きしめられた。というより少し空いた空間。
顔がちかい。

そこで雨竜は一護がしようとしていることに気づく。一護の目は、確かに告げていた。

『いいか?』


(………聞くなよ、ばか)


恥ずかしさと、何かよく分からないものに阻まれて出来なかった返事は閉じた瞼に託して。


はじめての感覚に、苦しさに、甘さに、溺れる。


ふたつ並んだマグカップ。最後の湯気が、ため息のように零れた。



end.
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