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□シンデレラの呪いは解けた
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その一言を。




シンデレラの呪いは解けた





ただの日付をこんなにも脳に焼き付けたことは何時以来だろうか。

「8月12日」

本人の口からするりと滑り出たその日付は、例えるならば徹夜明けのマヨネーズ、一仕事終えての一服、かつマヨネーズのような、いやちょっと違うかもしれないが、つまりはかけがえのないもののような気がした。カレンダーを見てもその日だけ浮き出るように見えてしまうし、その日1日のタイムスケジュールは何万と頭の中で繰り返した。もう休暇は取ってある。

彼の誕生日。
愛しい彼の誕生日。
どうやって演出しようか。


「悪い、トシ。12日なんだが、捕物が入っちまった」

上司のその一言で全ての妄想がぷつんと切れた。ずいぶんと間抜けな面をしているのだろうと思っていても、土方はぽけっと自分の口が開くのを阻止出来ない。

「…………」

「最近活発だった攘夷一派たちの会合があると監察から連絡が入った。一掃出来るまたとない好機だ。…トシが居てくれりゃ百人力なんだが…」


酷く萎縮した様子なのは、滅多に取ろうとしない休暇を自ら取ったことを近藤自身とても喜んだからだろう。
大将はそんな顔をするものではな
い。けれど此方を想ってそんな顔をするような彼だから、土方はどんな願いでも命令でも聞き入れることにしているのだ。

「…すまない、何か予定が」

案の定そう言い出した近藤の言葉を遮って、

「いいんだ」

煙草の先に火を付ける。
約束を破ってしまうのは何回目だったろうか。

「俺たちの仕事はそういうもんだ」

(……はぁ)


落胆は紫煙と共に吐き出した。






「別に構わないですよ」

けろっと言われた文章にまばたきを複数。彼の誕生日、捕り物の決行日から幾日か前、誕生日には会えない旨を伝えに行った。彼のことだから了承するだろうと思ってはいたが、こうもあっさりだと気も抜ける。新八は微笑みながら続ける。

「お仕事ですもん。むしろそっちを優先してくれて嬉しいです」

「や、でもな」

「今こうやって家に来てくれてるじゃないですか」

充分ですよ。
にっこり笑う。
そう、こんな風にいつも多くを望まない。物分かりが良くて、どんな時だって優しくて、そんなところも土方が愛してやまないところではあるのだが、もう少し残念がってくれても、と思わないでもない。
無い物ねだりはわかっている。

出された茶を啜り、湯のみを持つ
手とは反対の手で新八の頭を撫でた。
眉を下げて、新八は「気をつけて下さいね」と少しだけ目を細めた。







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