薄花桜に囚われたままの愛と哀と藍と

□act.01 春愁のエトランゼ 03
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「お疲れさまでした。そしてこれからどうぞよろしくお願いします。じゃあ乾杯!」

上司の乾杯の音頭を適当に聞き流し、いよいよ面倒な時間が始まった。

自分を入れて6人という少人数での会食で、必然的に自分に話を振られることが多くなり、面倒を通り越して苦痛極まりない。
お得意の笑顔に適度な相槌を入れつつ、苦痛な時間をやり過ごす。

適当な所でトイレに立ってイベ走るとしても、昼に上げておいた順位は多少落ちてるだろう。
今日の夜がイベ最終日だったら、これはもうブッコロ案件だった。
何か考えただけでイラついてきた。
あー、早く家帰ってだらだらゲームしたい。

仕事先の人のたわいもない話に相槌を打ちながらタダ飯を食らう。
斜め向かいに視線をやると今回の会食で唯一の女子である立花さんがいた。

ここでもまたもやメイドの如く、自分の上司と相手先のお偉いさんにお酌をしたり、食事を取り分けたりと甲斐甲斐しい。
目下の者として立派な行動ではあるが、メイドみたいだと想像してからメイドにしか見えなくなった。

しかし、この新規プロジェクトに新人が入ると聞いていたが、それが立花さんだったとは。
むさ苦しい男の中に華があるのは目の保養になるし、何よりも自分より年下の人間がいるというのは正直ありがたい。しかもメイドのように働く彼女は下っ端がやるような仕事も快く全部引き受けてくれそうだ。



会食もほどよく進み、上司たちが出来上がってきた頃、何度か聞いたことのある自慢話へと突入した。
これだけ出来上がってたら、数十分抜けても平気そうだな。
俺の予想だとそろそろフィーバータイムがくる頃だし。

「すみません。俺、ちょっと飲み過ぎたみたいなので、外の空気吸ってきます。」

断りを入れ素早く席を立つ。
何か遠くから言われた気もするがそんなものは華麗にスルー。



「こ、困ります!お手洗いの場所は、きちんとお伝えしたので私は…!」
「酔っててわかんないからさー、俺のことトイレの入り口まで連れてってよ」

あー、今この廊下曲がった先で何か揉めてんじゃん。
ナンパなら他所でやれよとため息が漏れる。
そこを通らないと外行けないし、行くかと廊下を曲がると廊下の先にいたのは見知った顔だった。

廊下を曲がって本日2度目の出会いとか何のフラグだろうか。

ガラの悪い男に腕を捕まれ絡まれてるのは、メイドこと立花さんだった。
見た目は可愛いけど、何か鈍臭そうだもんね彼女。まあ声はタイプだけど。

「あ、立花さん、いたいた。
戻ってこないから探したよ。」
「あっ、茅ヶ崎さん!」
「あ?お前誰だよ」
「それはこっちのセリフ。俺の連れだから、その手離してもらえる?」

彼女の肩を抱き寄せ、相手の男を軽く睨むと男は舌打ちをして自分のテーブルへと帰って行った。ざまぁ。

肩に置いた手を離し、改めて彼女と向き合う。

「お手洗い行ったんじゃなかったの?」
「あ、そうなんです。戻る最中に先程の男性にお手洗いの場所を聞かれて、真っ直ぐ行った先だとお教えしたんですが、付いてきてよと言われてしまって、困ってたんです。
助けて頂き、本当にありがとうございました!」

小さな頭が勢いよく何度も下げられる。相当困ってたわけね。

というか、これトイレの中に連れ込まれてヤられるフラグじゃん、エロゲかよと場違いな妄想をうっかり繰り広げてしまった。

まあ見るからに押しに弱そうな見た目してるもんね、立花さん。


「茅ヶ崎さんはお手洗いでしたか?
引き止めてしまってすみません。」
「いやいや、ちょっと酔ったから外の空気吸おうと思って」


まあ嘘だけどと心の中で呟く。
そろそろフィーバータイムくる気がするし、適当に相手してさっさと外行くか。


「あ、あの!お邪魔はしませんので、一緒についていっても…いいでしょうか…?」
「別に俺はいいけど、席に戻らなくて平気?」


見た目的に立花さんゲームの邪魔してこなさそうだけど、何してるの?とか詮索してきたら答えるの面倒だし若干嫌だなとか思っていると、彼女の口から聞いたことのないようなか細い声で答えが返ってきた。

「あ、あの……その……先方の方が……体を触ってきて、ですね……」
「……ああ、なるほど。戻りたくないわけね」
「……はい」

確か彼女は酒が弱いとかで全然飲んでなかった代わりに、相手先のお偉いさんにずっとお酌してたから、さして気にしていなかったが、そんな500万回くらい使い古されたエロゲ展開があのテーブルの下で起こってたとか。
さっきの男に絡まれてたことといい、彼女にとっては散々な1日だ。


「じゃ、ひとまず外に出ようか」


だんだん可哀想になってきて一緒に行くことを許可すると、泣きそう顔が一瞬で笑顔に変わった。
花が咲いたような笑顔で嬉しそうにお礼を言う彼女が可愛かったから良しとしよう。


「そこに椅子があるから立花さんどうぞ」
「い、いえ!私はお酒を飲んでないので、座らなくても全然平気です!
外に涼みに来た茅ヶ崎さんが座って下さい」
「俺のことはいいから。立花さんヒールで疲れちゃうでしょ?」


彼女を椅子に座るように促し、急ぎの案件のメールきちゃったから、ちょっとここで返信しちゃうねと適当な嘘を並べ、返信するフリをしてソシャゲを開いた。

キタコレ。予想通りのフィーバータイム。

彼女のことなんてそっちのけでゲームに勤しんだ。


5分ほど時間が経過し、てっきり彼女が何か聞いてくるかと思ったが、俺が話しかけるまで彼女はひと言も喋らなかった。
ただ夜景を眺めたり、携帯を確認したりするだけ。とても静かで快適な空間だ。

あ、待って。レアドロした。
マジか、今回全然ドロしなかったのに。

内心ガッツポーズをして、また視線を携帯に戻す。
無課金勢や微課金勢を容赦なく打ちのめしてポイントを荒稼ぎする。マジ重課金勢なめんな。

ゲームに夢中で彼女の存在を思いっきり忘れていた。数十分して我に返り彼女に視線を移す。
彼女の視線は自身の携帯へと注がれていて、まあ大丈夫かと自分もゲームを再開した。

職場の浮ついた女性社員のように、何やってるだの、教えて下さいだの、しつこく聞いてこない立花さんとのこの静かな空間は悪くない。
会話がなくとも気まずさがないのは、彼女からマイナスイオンでも出ているからか………

え、ちょ、待って!?
またレアドロしたんだけど!!

は?今日何なの?
やっぱり彼女からマイナスイオンでも出てる?
何か今なら排出率ゴミなイベガチャも回したら出る気がする。
特攻欲しさにガチャ開始直後 即行で回し、枚数重ねようとして終始盛大にドブりまくったイベガチャも今ならあっさり出る気がする。
イベ用に買っていたアイテムで、いそいそと10連ガチャを回す。


ワロタ、限定SSR3枚出たんだけどwww


これはもう草も生やしてしまう事象である。

ふと彼女を見ると、俺の視線を感じたのか、パッと彼女と目が合った。
そして立花さんがふわりと笑う。

女神かよ。

今度から彼女が近くにいる時にガチャを回そうと心に決めた。

そうこうしている内にフィーバータイムも終わり、収穫が多かった結果に俺は嫌な会食に来て良かったと珍しく思えた。


「ごめんね、もう戻ろうか」
「あ、はい!お仕事の方は、もう大丈夫ですか?」
「うん、ひとまずは大丈夫かな。
つまらなかったよね、ごめんね」
「いえ!夜景がとてもキレイで楽しかったです!」

天使かよ。

屈託のない笑顔がとても眩しい。
これが嘘だとしたら彼女は演技派の相当な悪女である。
いや、彼女に悪女は似合わないか。
どちかと言うと騙されそうな側に1票。

「そう? それなら良かった。
あ、席に戻るとき壁横の席に座って俺の横においで」
「…! 何から何まで本当にありがとうございます!」

レアドロとガチャのお礼として、今日は多少の面倒ごとを引き受けよう。
席に戻り変態オヤジから立花さんを守りつつ、たわいもない話をして、本日の会食は無事お開きとなった。



俺の中で彼女はメイドから女神にジョブチェンジを果たしたのであった。



2017.08.26.

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