薄花桜に囚われたままの愛と哀と藍と

□act.01 春愁のエトランゼ 04
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2度のレアドロと限定ガチャ1発SSR3枚引きという胸熱展開があった会食から2日が経ち、今日は毎週やってくる爆ぜてなくなってしまえばいい月曜日である。
だが、なんだろうか。
いつもはないものが今日はデスクに置いてある……


それは金曜日にあった会食の帰り道の出来事。
無事に会食はお開きとなり、家への帰り道、今日あった胸熱展開と女神について たるち垢で呟けば、それは瞬く間に拡散していった。
その夜ネトゲにログインすれば、呟きを見たであろうギルメンから雑なおめでとうコメもそぞろに、彼らのお目当は女神についてで、共闘しながら明け方まで女神の話題で盛り上がっていた。

土日は部屋に引きこもって、だらだらゲームをしたり、レベ上げ配信をしたりと、いつもと変わらない休日だった。
そしていつもと変わらない憂鬱の月曜日がくるはずだった。
だが、いつどこで自分は誰にフラグを立てただろうか?
少し前にバレンタインもホワイトデーも終わったはずである。
爆ぜてなくなればいいといった冒頭の少し前にまずは戻ろう。

クリーニングから返ってきたばかりの綺麗なYシャツを着てスーツに腕を通せば、自然とスイッチは切り替わる。まあ憂鬱なことに変わりはないんだけども。

車で出勤して、朝から笑顔を振りまいて、いつも通りにデスクに着くと、デスクの隅に綺麗な包装紙に包まれた何かが置いてあった。
なんだこれ?と手に取れば、お菓子だということまでは理解した。
問題は誰からなのかということだ。
包装紙にはさまれたメモを見つけて読んでみると、それは一夜にしてメイドから女神に転職した立花さんからだった。

メモを要約すれば、金曜日はありがとう、そのお礼にどうぞという内容がかなり丁寧な文章で書き綴ってあった。
そして顔に似合わず字が達筆である。

包装紙をよく見れば、有名なお店のお菓子であることがわかった。
手作りではなく市販、そして甘いものが嫌いな人間でも食べれそうな甘さ控えめの菓子。
気を遣ってか、直接ではなくデスクに置いてくれている点もポイントが高い。
直接渡されたり、お茶でも…何て言われた日には、周りの社員から質問責めの嵐である。
フロアを出たとしてもこのビル内では、どこで誰が聞いているかわかったもんじゃない。
正直彼女がそこまで計算しているかは謎だが、まあさすがは元メイドである。

午前の仕事もひと段落つき、そろそろ自然回復した分の消費も兼ねて席を立つ。
ちょうど立花さんがデスクにいることも確認して、彼女に渡す紙も一緒に手に持った。

「立花さん、お疲れさま。
今朝のデスクにあった物ありがとう。
そしてこれ、必要事項記入しておいたから、確認して貰えるかな?」
「茅ヶ崎さん…!お疲れさまです…!
い、いえ…!お口に合えばいいんですが…。
あっ、それと書類持ってきて頂いて、ありがとうございます!
次からデスクに回収しに参りますので、そのまま置いててもらって大丈夫ですよ…!」
「持ってくるくらい俺がするから大丈夫だよ。新しいプロジェクトも始まって立花さん色々大変でしょ?」
「い、いえ!そんな!茅ヶ崎さんのお仕事に比べたら私の仕事量なんて…!」

彼女のデスクにある山積みの書類が目に入り、彼女はこの書類の山を今日1日で片付けなければいけないということを物語っていた。
抱えてる案件の数や重要度の差はあれど、見るからに仕事量は彼女の方が上だろう。
俺が彼女の立場だったらと考えるだけでもゲロリそうである。

「このくらい全然平気だよ。
それにほら、座ってばっかりじゃ体が鈍るし、ね?」
「す、すみません。逆に気を遣わせてしまって…」

ゲームをするために席を立つ口実としては申し分ない。
それに、トイレへ行くついでに彼女のデスクに立ち寄るくらいの時間は今はある。
イベ最終日ならちょっと無理だけど。
彼女は笑顔も可愛いらしいが困り顔の方が可愛いな、とか内心思いながら、いつもの笑顔を振りまいて、彼女の元を去った。

まあ自分としては立花さんの近くでまたガチャを引きたいし、お茶をするくらいあってもよかったかもしれない。
だが、プロジェクトチームが一緒なら、どこかのタイミングでランチくらいはありそうである。


そして、その日は案外すぐに訪れた…


会食から数週間が経ったある木曜日。
課長から急に呼ばれ、すぐ向かうと課長のデスクの前には立花さんが立っていて、2人にお疲れさまですと軽い会釈をし、立花さんの横に立った。

「ああ、茅ヶ崎来てもらってすまないな。
今日、俺だけでB社との打ち合わせだったんだが、急な仕事が入って今から博多の方に出張になったんだ。
それでB社の打ち合わせに茅ヶ崎が行ってほしい。主に今後のスケジュール確認と契約書を受け取るくらいだから重い話ではないはずだ。
これに必要な書類と確認してきてほしいことをまとめた紙が入っている」
「了解しました」
「それと立花、茅ヶ崎のフォローやバックアップ頼むな。
打ち合わせは14時からだから、それ終わったら立花はそのまま直帰していいぞ。
元々私用で午後から休みだっただろう?」
「あっ、はい!ありがとうございます…!」
「茅ヶ崎は会社に戻ってきて、契約書をそのまま経理に渡しておいてくれ」

何てタイミングだろうか。
ソシャゲの限定ガチャが今日15時から開始である。
そして女神こと立花さんが一緒…ということは、これは自然に彼女の側でガチャが引けるのではないか。
面倒な打ち合わせも笑顔で乗り切れる気がする。


打ち合わせに出掛ける準備をして、地下駐車場で立花さんを待つ。
すると淡いピンクのトレンチコートを着た立花さんが俺を見つけると駆け足で走ってきた。
なにやら耳と尻尾が見える気がする。
多少喋るようになってから小動物感が増したというか、彼女をきちんと認識したのが最近だから知らなかっただけか。

「お待たせしてすみません!」
「いやいや、大丈夫だよ。きちんと時間通りだし、それに走ったら危ないよ。今度からは歩いておいで」

さ、乗ってと彼女を車に案内する。
助手席に女性が乗るのはいつぶりだろうか。
歴代の彼女の記憶が薄いから、何番目の彼女が乗ったかなんて思い出せない。

お互い我が我がと喋るタイプではないからか、少し会話をしては静寂が生まれる。
決してその静けさに嫌な感じはせず、彼女は彼女で車内から目まぐるしく変わる外の景色を眺めていた。
チラッとその横顔を盗み見る。
口角が上がり微笑んでいるところを見ると、彼女もこの空気感に気まずさは感じていないのだろう。

「そういえば、立花さん午後から私用があるって言ってたけど、時間は大丈夫なの?」
「はい、元々17時からの予定なので、打ち合わせが少し長引いても大丈夫なはずです」
「そっか、それなら良かった。
もし打ち合わせが時間通りに15時に終わったら、ちょっと遅いけどランチとかどうかな?」
「は、はい!ご迷惑でなければぜひ…!」
「ありがとう。この間のお菓子のお礼もしたいと思ってたから」
「あ、いえ。あのお菓子は元々お礼のつもりだったんですが、逆に気を遣わせてしまってすみません」
「ふふ、そんなにかしこまらないでよ。
すごく美味しかったからさ、あのお菓子。
それにお礼もそうだけど、それよりも立花さんともっと色々話してみたいなって思ったから。そんな理由じゃダメかな?」
「あっ、あのっ、その…!
お、お世辞でも嬉しいです…ありがとうございます……」

あ、照れて困った顔になった。
タラシみたいなセリフをつらつらと並べてしまい、さすがにと思ったら意外と好感触。
やはり女子というは、そんな言葉に弱いのか。
ま、男も単純だから他人のことなんて言えないけど。

13時50分にB社に着き、打ち合わせは終始穏やかに15時に無事に終わった。
その流れで近くの喫茶店に立ち寄り、約束通り一緒にランチを食べることになった。
注文を終え、料理が来るまでの話題は先ほどあった打ち合わせの話であった。

「あ、そうだった。上司に無事に打ち合わせが終わったことと、必要最低限の報告メール打っちゃうね」
「あ、そうですよね! そこまで気が回らなくてすみません!」
「いいよ、全然。俺も完全に忘れてたしね」

携帯を開き、ここは真面目に上司への報告のメールを打つ。
送信し終わったタイミングで、注文した料理が運ばれてきた。

「料理冷めちゃうから、先に食べてて。
もうすぐ終わるから」
「ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えて…お先にいただきます」
「うん、どうぞどうぞ」

さてと、ここからが本番。
報告のメールは打ち終わった。
今朝、ガチャを引くための課金はもう済んである。ちゃんと15時にメンテがあけていることもチェック済み。
女神こと立花さんも近くにいる。
あとは物欲センサーが仕事をしないことを願って、ソシャゲを開く。
ガチャのページをタップし、一度深呼吸をしてチラリと彼女を見ると、食べていた彼女と目が合った。

「美味しそうに食べるね。美味しい?」
「はい!とっても美味しいです!」

あれ、天使かな?

また屈託のない笑顔をいただきました。
うん、今回も1発で出る気がする。
再度携帯に視線を戻し、携帯をタップした。



彼女はきっと女神に違いない………

限定SSR2枚に限定SR2枚、限定R3枚おまけに恒常SSR1枚つき。
逆に排出率おかしくない?それとも彼女がすごいのか?俺がすごいのか?もうわけわからん、とりあえず画像くっつけて呟いておこう。
神引きすぎて逆に冷静というか、もはやドン引きである。

「ごめんね、お待たせ。
課長に報告メール送信したから、もう大丈夫だと思うよ」
「ありがとうございます!報告書は私が作成するので、月曜日にチェックだけお願いしてもいいですか?」
「ありがとう。それじゃ報告書の方はお願いしちゃうね」
「はい!お任せ下さい!」
「あ、そういえば、17時に私用あるって言ってたけど、俺 車だし用事がある場所まで送っていこうか?」
「えっ?あ、あっ…えっと…あの」
「あれ?遠い場所とかだった?」
「い、いえ…あの…その…近くなんですが…」

あからさまな動揺の仕方である。
隠し事が下手なタイプか、はたまた演技か。
それは差し置いても、この動揺の仕方は気になってしまう。

「俺が聞いちゃまずいことだったかな?それなら無理には…」
「い、いえ!そんなわけでは…!
実は私、お芝居の仕事を…してるんです」
「お芝居?舞台とかの?」

意外な答えが返ってきて普通に驚いた。
なるほど。度々半休を使って休んでいたりしていたのは、こちらが副業だったというわけか。

「そ、そうですね!舞台を少々!ほんと全然売れてない新人なので!」
「そうなんだ。立花さん、すごいね。
課長とかは知ってるんだ?」
「は、はい。社長と課長だけは知っていて、お芝居の方の仕事も急に入ったりするので、いつも甘えさせて頂いてます。本当に頭が上がりません」
「そうだったんだね。
何か俺に協力できることがあったら言ってね。
あ、このことは秘密にしておくから。下手に他の人に詮索されたくないよね」
「あ、ありがとうございます!!
本当に茅ヶ崎さんには何から何までお世話になりっぱなしで…。本当にありがとうございます」


この時の俺は限定ガチャが神引きだった嬉しさで頭がいっぱいで、彼女の職業について、たいした疑問を持つことはなかった。

副業をしていようが、それが舞台だろうが、他人に興味などなかったから。

そして俺は重大な欠点を見落としていた。

そう、彼女の下の名前がさつきだったということに。


2017.8.27.

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