薄花桜に囚われたままの愛と哀と藍と

□act.01 春愁のエトランゼ 08
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茅ヶ崎さんと一線を越えてから、職場でドギマギしてるのは私だけで、茅ヶ崎さんは至って普段通りであった。
職場ではキラキラなままのいつもの茅ヶ崎さんで、2人の時やLIMEの時は少し気怠く口調が砕けたフランクな感じ。
本人曰く使い分けているのだそうだ。


あのホテルの帰りにLIMEを交換して、声優の仕事がない日や仕事に支障が無い程度で茅ヶ崎さんの家に行くということになった。

そして、あの日から3日後の火曜日。

元々水曜日の夕方から声優の仕事が入っていたため、デスクの方の仕事はお休みをもらっていた。
「なら、うちに来て」と言われ、定時に上がった私は職場から少し離れた場所で茅ヶ崎さんの車を待つ。
すると目の前に茅ヶ崎さんの車が止まり、私は躊躇しながらも助手席に乗った。

「おつー。
うちの冷蔵庫に何もないから適当にスーパー寄って夕飯とか買って行くけど、それでいい?」
「あ、はい! それで大丈夫です!」
「立花さん、職場でも顔に出すぎだから、気をつけた方がいいと思うよ?
あと堅苦しいから2人の時は敬語崩してもいいし」
「す、すみません…。善処、します」


スーパーに着くと茅ヶ崎さんは野菜コーナーを通り過ぎて、カップ麺などの麺類のコーナーへと迷うことなく進んで行く。

「非常食…買うんですか…?」
「は?主食に決まってるでしょ。
昨日は冷凍ピザ食べたから今日はカップ麺。
食べたいカップ麺入れていいよ、まあ弁当でもいいけど」
「………あ、あの…私、作りましょうか?」
「………」
「……」

私の提案にお互い数秒間固まってしまった。干物だと言っていたことを思い出すと、きっと食に対して無頓着なんだろうなと何となく思った。
結果、カップ麺も買いつつ、野菜コーナーまで戻ると、野菜やお肉を籠の中に入れていく。多めに作って明日の分にしよう。

「あ、これもよろー」
「はい!……コーラお好きなんですね」
「ピザとコーラあれば大抵の栄養摂取できるから」
「ふふ、偏ってます、思いっきり」
「マジか。ならポテチ食べたらトントンでしょ」
「それカロリー過多で太りませんか?」
「運動してるから大丈夫」
「ゲームの中で、ですか?」
「あたり。そんな立花さんにはポテチを買ってあげるよ」

あまりにも穏やかなやり取りで、この間のことはすっかり頭から抜けていたが、食材を買って茅ヶ崎さんのマンションの扉の前まで来てしまえば、一気に緊張で体がこわばった。


「物が散らばってて多少汚いけど、どうぞ」
「お、お邪魔、します」


足を踏み入れた1LDKのお部屋のリビングはとても悲惨なことになっていた。
ゴミは散らばってはいないものの、ソファに脱ぎ捨てられた服に、床には出しっ放しのゲーム機とソフトの山。
キッチンは使ってないのか、キレイなままであった。

「………す、すごいですね…」
「そ?これでもキレイな方かな」
「な、なるほど…」
「じゃ、俺ゲームしてるから夕飯よろ〜」
「あ、ちょっと待って下さい…!
リビングを軽く片付けておくので、お風呂にでも先に入ってきて下さい…!」
「立花さん、ほんとメイドすぎでしょ…」
「メイド…?」
「あ、いや。こっちの話」

茅ヶ崎さんに無理やりお風呂へ行ってもらい、リビングを軽く片して、掃除機をかける。
昔お付き合いした人にはお節介だと嫌な顔をされた記憶が脳裏に散らつくが、気になったら済まない性格は未だ健在であった。
そして、その流れで料理を作る。ピザとコーラが好きな茅ヶ崎さんに和食はどうなんだろうと思いつつ和食を作り進め、お風呂から上がった茅ヶ崎さんと一緒に夕飯を済ませたのであった。


「美味しかった、ありがとう。
久々に人の手料理食べた気がする」
「お口に合ったようで良かったです。
あ、明日の夜の分を作り置きして、冷蔵庫に入れておいたので、良かったら温めて食べて下さい」
「マジか。もはや毎日3食作ってほし……あ、うん。今の忘れて」
「…………」

赤い顔を見られまいとすぐさま下を向いたけど、きっとバレバレである。
茅ヶ崎さんの言ったことは家政婦的な意味合いであって、それ以上でも以下でもない。
何を想像して顔を赤くしているんだ…

「あーそのさ、手伝ってほしいことあるから、先に風呂でも入ってきたら…?
タオルとか好きに使ってくれていいし、それとこれ」
「……Tシャツ…と、ハーフパンツですか?」
「大きいかもしれないけど、嫌じゃなかったら使って」
「あ、ありがとう…ございます」

茅ヶ崎さんからピンクのTシャツとハーフパンツを受け取り、風呂場へと向かった。
彼の言動に一喜一憂して、これじゃまるで恋してるみたいな……

「恋、なのかな…」

正直わからない。
確かに茅ヶ崎さんは、すごくかっこいいし憧れの先輩ではあるけれど、あんなことがあったからただ余計に意識してしまってるだけなのかもしれない。

「全然…わからないよ……」

シーンとした浴室でぽつりと口に出た言葉に返事してくれる人などもちろんいない。
ぐちゃぐちゃな感情なんて、水と一緒に排水溝にでも流れてしまえばいいのに。

何も答えは出ないままシャワーを浴び終わり、念のため持ってきていた替えの下着を着て、借りた部屋着を着た。
Tシャツは七分袖くらいになり、ハーフパンツは七分丈くらいだろうか。
ハーフパンツが落ちるとかTシャツが肩からずり落ちる、丈が長くてスカート状態どうしよう?なんてお約束展開はなく、ハーフパンツには紐があるし、Tシャツは多少大きいくらいで普通に着れるし、そもそも茅ヶ崎さん身長あるけど細いから女子と変わらないし、何か考えたら悲しくなってきた。



リビングにいるであろう茅ヶ崎さんの元へ戻ろうとリビングの扉をそっと開けると、ソファに座りテレビゲームをしている茅ヶ崎さんの背中が見えた。

「っしゃー!10キル!」
「あ、あの…お風呂ありがとうございました」
「ん?ああ、おかえり。
ちょうど良かった。ハイ、ここ座って」

ソファとテーブルの間の床に座ろうとして、「そこじゃなくて、こっち」とソファの茅ヶ崎さんの隣を差されると、一瞬心臓がドクンと鳴り、心拍数がどんどん上がっていく。
隠せているかどうかも定かではないが精一杯のポーカーフェイスで茅ヶ崎さんの横に座る。

心臓の音がうるさくて、もうダメだとギュッと目を閉じた。
ああ、意識を失えたらどんなに楽か。
誰でもいいから頭にドンと衝撃でも与えてくれないだろうか。

ゴソゴソと音がして、更に目をギュッと閉じ俯いた途端、先ほどとは違うゲームのBGMが
流れ始め、え?と思い目をパッと開けた。


「……え?あ、あの…その…あれ、しなくて…いいんでしょうか……」


何を私は聞いてるのだろう。
混乱した頭は正常に機能をしていなくて、気付けば大胆な言葉を口走っていた。

「あれ?…………ああ、セックス?
何、立花さん溜まってるの?」
「い、いえ!そそそそんなことは!
わ、私が呼ばれた理由は、それなのかな…と思いまして……」


「あー……まあ、俺そこまでやるタイプじゃないし、普通に体力ないし」


穴があったら入りたい。
盛大に勘違いして痴女みたいな発言をして、もう変態だと思われた。早く誰か私の頭を殴って下さい。



………ん?ならなぜ私は呼ばれたのだろか。
ご飯を作るため?部屋を掃除するため?

「まあ、立花さんがしてほしいなら、期待に沿ってあげてもいいよ」


考え事をしていて気付いた頃には、ソファに押し倒されていた。


「ひゃんっ…耳は、やめて…下さ、い…!」

耳を甘噛みされ、甘く囁かれる。

「エッチなことやるの?やらないの?…どっち?」
「やら、ない…です」





「そ、ならハイ」
「え? ……コントローラー?」

甘い雰囲気はものの数秒で終わり、パッと私から退くと、ゲームのコントローラーを渡された。

「呼んだ理由はこれ。
レベリング手伝って、ゲーム好きでしょ?」
「す、好きですが………」

さっきの雰囲気は一体何だったのか。
何事もなかったかのようにゲームが開始された。


「わっ、あ!ご、ごめんなさい!また死にました!」
「下手すぎわろた」
「ご、ごめんなさ、あっ!! な、なななんで猛獣はこっちくるんですか!こここないで下さい!!!」
「ちょ、そのまま猛獣と一緒に俺の方に走ってこないで」

初めてやるゲームに苦戦しまくりで、ただの足手まといの私のプレイに茅ヶ崎さんは終始笑っていた。



「立花さん、ゲームは何なら得意なの?
乙女ゲーとか?」
「い、いえ。残念ながら私が攻略すると何故かバッドエンドしかいかなくて」
「あ〜、何となくわかる気がする。立花さん最後の最後にルート選択ミスしそう」
「その通りすぎて返す言葉もありません…」
「でもゲーム好きなんでしょ?」
「はい、下手ですけど好きです。
唯一得意なのは音ゲーなので、最近は専らアイドルを育成しながら音ゲーしてます」
「マジか。俺、リズム感なさすぎて音ゲーだけは無理」
「茅ヶ崎さんはオールジャンル得意なのかと思ってました。なんか意外です」
「そう?まあ音ゲー以外なら大抵得意だけど、やっぱり課金ゲーはいいよね。課金は裏切らない」
「ふふ、茅ヶ崎さんのドヤ顔初めて見ました」


アニメやゲームの見過ぎかもしれないけど、もっとこうドロドロとして殺伐とした関係になるんだと思っていた。
茅ヶ崎さんはいつも通り接してくれる、というよりも、前よりあけすけに話してくれるようになって少し距離が縮まった気がする。





恋人でもなく、友達でもない不思議な関係のはじまり−−−−。


2017.9.8.

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