薄花桜に囚われたままの愛と哀と藍と

□act.02 愛の酷薄 12
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声優の仕事が終わって帰宅するとリビングでは春組の台本が出来たと喜んでいる姉と咲也くんたちがいるのが見えた。
いくら監督の妹だからと言って部外者の私が入っていい空間ではない。
声だけかけて一旦部屋に行こうとすると見事にお姉ちゃんたちに捕まり、あれよあれよと話は進んでいった。
台本を読んでもいいのか躊躇いつつも、さわりだけ読ませてもらったけれど、世界観やセリフの言い回しなど、どれもプロに引けを取らない出来だと純粋にすごいと思った。
これをみんなが演じるのだと思うと、正直とても楽しみである。

そのあとは夕食の準備をして、みんなが稽古中の時間に先にお風呂に入ったりしていると「夜食よろしく」と至さんからLIMEがきていた。
片手間に食べれそうなおにぎりを作って、そろそろ頃合いかな?と思い部屋を訪ねれば、ちょうど休憩に入ろうとしていたところだった。
ゲーム中の片手間に食べられるようにとサンドイッチやおにぎりといった軽食を作ってみたところ、喜んでくれた日から度々作るようになった。
ゲームの上手さ同様、ゲームをしながら器用に食べる姿はいつみてもすごいなと感動してしまう。
私ならきっと食べ物を零すか、派手にやられてゲームオーバーになるかのどちらかだ。

10分後にオンライン上で集合と聞き、邪魔をしないようすぐ退散し、洗い物をしながら明日の食事の準備をする。
そんな頻繁に声優の仕事も入るわけではないので、最近は専ら寮母さんにでもなった気分だった。
元々家事は好きだし、みんな代わる代わる手伝ってくれるので、私もそこまで負担にはないっていない。
何より美味しいとご飯を食べてもらえるのは嬉しいし、洗濯をして部屋に届ければありがとうとお礼を言ってくれたりする。
部外者の私が少しでも役に立っているなら、それでよかった。

「あ、さつき」
「真澄くん、お風呂上がり?
あ、お水とか飲む?」
「うん、飲む」
「ちょっと待っててね!」

お米を炊飯器にセットしていたところに後ろから声をかけられ振り返れば、稽古が終わりお風呂から上がったばかりであろう真澄くんがいた。
真澄くん専用のコップに水を注ぎ、そのまま彼に渡すと「ありがとう」と受け取り、ぐびぐびとコップの水を飲み干した。
真澄くんは口数は少ないけれど、とても礼儀正しくて、私が困っていると手を差し伸べてくれる、とても優しい男の子だ。
お姉ちゃんのことが好きみたいで、猛アタックをしてる姿をよく見かける。
あんなに好きという感情をストレートに出せるなんて羨ましいなとつくづく思う。

「コップ洗っておくから、そのままでいいよ。あ、もしお腹空いてるなら冷蔵庫に…」
「さつきは、ここにいて楽しい?」
「え?」

キリッとした目が私を射抜くように見つめる。
突然の質問に驚き、一生懸命頭をフル回転させ、動揺を隠すように笑顔を作る。

「みんなといれてすごく楽しいよ。
真澄くん急にどうしたの?」
「さつきは至と一緒にいて楽しい?」
「……た、楽しいよ!
至さん、すごく優しいもの!」

嘘はついていない。
交換条件付きの間柄ではあるが、至さんはとても優しくて素敵な人だ。

「俺が彼氏なら、さつきにそんな顔させたりしない」

真澄くんのその言葉で何かがぷつりと切れたようにひと粒の涙が頬を伝った。
どうして、そんなことを言うのだろう。
もしかして何かバレてしまっているというのか。
−−−−なぜ私は泣いているのだろう。

「ま、真澄くん何言って…」
「俺らを見る時、いつもさつき泣きそうな顔してる」
「…そ、そんなこと」
「付き合ってるなら、どうして至はさつきのことを知ろうとしないの?
どうしてさつきは至に深く関わろうとしないの?」
「……ち、がう」

涙を止めようとしても止まらない。
溢れ出る涙を拭っていた右手が真澄くんにグイッと掴まれ、驚き顔を上げる。

「俺は、監督にもさつきにも笑顔でいてほしいだけ」

それだけ言い残して、真澄くんは台所を去って行った。
何かみんなの前でヘマをしてしまったというのだろうか。
至さんとの会話を聞かれてしまったのか。
涙が溢れた理由も、真澄くんがあんなことを言ってきた理由も何一つわからない。

他のみんなにバレないよう涙を拭い、浅い深呼吸を何度か繰り返す。
考えれば考えるほど頭は混乱して泣きたくもないのに涙が溢れてくる。
ここにいるとお風呂上がりの春組の誰かに見られてしまうかもしれないと、私は泣いた顔を見られないように寝室へ急いだ。


私の足りない頭では何も解決しなくて、もう寝てしまおうと思った矢先、すごい勢いで階段を上る足音が聞こえてきて、姉が何かから逃げて来るように部屋へと駆け込んできた。

「お、お姉ちゃん?どうかしたの?」
「え?ああ、ごめんね。寝ることころだったよね。
ちょっと変なもの見ちゃって」
「変なもの?幽霊とか?」
「ゆ、幽霊だったのかな…
そういえばさつき、今日至さんの部屋に行った?」
「う、うん。ご飯届けに行ったよ」

明らかに姉の様子がおかしい。
何がどうしたというのだろうか。

「至さん、その時 体調悪いとか何か言ってた?」
「……特に何も言ってなかったけど」

「そっか、そうだよね」と何やらぶつぶつと言っているが、至さんの部屋に行ったというのだろうか。
………え、もしかして。

「今、行ったの……?」
「そ、そうなの!でも体調悪いみたいで出来た台本置いて帰ってきちゃった、あはは」

恐る恐る聞くと姉は肩をビクッと震わせて笑顔で頷いていたが、その笑顔はかなり引き攣っていた。
共闘するみたいだったし、多分めちゃくちゃタイミングが悪い時に行って、2トーンくらい低めな声のブラックな至さんを見てしまったんだろうなと一瞬で全て察してしまった。

「ほんと寝るときにごめんね!電気消して先に寝ちゃっていいから!
私、お風呂入ってくるね!」

フォローする間も無く、着替えを握りしめ、お姉ちゃんは すごい勢いで扉を閉めた。


翌朝、会社に行く車の中で「何か監督に見られたからオタバレしたかも」と至さんにサラッと言われ、持っていた携帯を落としそうになった。

「一応適当に誤魔化しておくけど、まあバレたらバレたで別にいいし、オタバレはいつかすると思ってたから、何か聞かれたらさつきも適当に言っといて」
「わ、わかりました」
「あ、それとイベ後半は部屋にこもる予定だから夕飯部屋に持ってきてもらえると助かる」
「夕食……食べやすいもの作って持って行きますね」

稽古はどうするんですか…と聞こうとして、咄嗟に言葉を変えてしまった。
私が舞台について意見を言ってもどうしようもない。言っちゃいけない。
私はギュッと口を結んで、言葉を飲み込んだ。


仕事中も真澄くんの言葉が頭の中でリフレインして、小さなミスをたくさんしてしまい怒られてしまった。
切り替えるために飲み物を買いに行こうと席を立つと、自販機の前で男女の楽しげな声がして、その声を主を見てハッとした。

女性社員と楽しそうに話す至さんと一瞬目が合い、咄嗟に下へと視線を逸らす。
「お疲れさまです」と言えば、女性社員の人たちもお疲れさまと笑顔で答えてくれた。
引き返すにも引き返せなくて急いで飲み物を買って、彼女たちに会釈をして その場を去った。



どうしてさつきは至に深く関わろうとしないの?
−−−−私きっと至さんに嫌われるのが、怖いんだ


2017.9.20.

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