薄花桜に囚われたままの愛と哀と藍と

□act.02 愛の酷薄 13
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「茅ヶ崎さん、お疲れさまです…!
もし良かったら、これ食べて下さい!」
「え?……あ、ありがとう」

デスクに戻って椅子に座ろうとした時に後ろから猫撫で声で話しかけてきたのは……ええっと何さんだったか忘れたが、手作りと思われるお菓子を半分押し付けらるような形で彼女から受け取った。
友人と思われる女性社員の元に駆け足で戻った彼女は頬を赤らめ、数メートル先で興奮気味に話す女子2人の話は丸聞こえであった。


「ど、どうしよう!受け取ってもらっちゃった!」
「良かったじゃん!脈アリなんじゃない?」


勝手に脈アリにしないでほしい。
本当にあの手のタイプは苦手だ。
少しくらいさつきの奥ゆかしさを見習ってみたらどうだろうか。
2人がいなくなったのを確認して、ちょうどデスクに戻ってきた隣の席に座る後輩の桶矢に声をかけた。


「桶矢、はい。これあげるよ」
「あれ?どうしたんすか、これ」
「貰いもんだけど俺、甘いもの苦手だからあげる。
喜べ、お前が好きな女子の手作り」
「マジすか!あざーす!
ひょー!チョコクッキーじゃないすか!」


俺から受け取った包みを迷いもなく開けて喜ぶ桶矢。
よく躊躇いもなく開けて食べられるものだと軽く尊敬する。
もちろん俺は甘いものが嫌いなわけではなく、知らない人、しかも女子からの手作りが苦手なだけである。


「よく、手作りを普通に食えるねお前」
「何でですか?普通に美味いっすよ?」
「何入ってるか分かんないじゃん」
「なんすか、そのイケメンが言うようなセリフ……そうだ、先輩は超絶イケメンだった悔しい」


時間的に昼飯を食べたはずだが、腹が減った子供ようにすごい勢いでクッキーを平らげる後輩を横目に、メールボックスを開き未読のメールを確信しつつ桶矢の言葉に適当な相槌を打つ。


「それで、これは誰から貰ったんすか?立花さん?」
「何でそこで立花さん?」
「だって先輩、最近立花さんと同じチームじゃないすかー。お礼とかで貰ったのかと」
「いやいや、立花さんからならお前にやらないし」
「え!? せ、せ先輩も立花さん狙ってたんすか!?
ちょ、やめて下さいよ!超絶イケメンの先輩相手じゃ俺ら太刀打ち出来ない……」


しくしくと大げさに嘘泣きする桶矢を見て、お前は男子高校生かよと心の中でツッコミを入れてみたら、思わずふっと笑いがこぼれた。


「ああー、先輩 今鼻で笑ったでしょ!
これだからイケメンは!」
「そんな桶矢には、いいこと教えてあげよう。
立花さんの手作りは美味いよ。だから手作り貰ったとしてもお前にはあげない」
「え?マジすか!! うっわー先輩羨ましすぎ!
今度、立花さんから手作り貰ったら教えて下さいよー!
ひと口、ひと口だけでいいから食べたいっす」

最近は毎日その立花さんの手作り弁当だよとは口が裂けても言えないな。
桶矢に言ったらたちまち会社中に広まって収集がつかなくなりそうだ。


「俺も立花さんと同じ企画チームになりたいっす先輩。
あの天使のような微笑みに癒されながら、手作りのお弁当なんかをあわよくば、あーんって食べさせてほしい。
あー無理。想像したら可愛すぎて俺が死んだ」


すごい形相でこちらを見ている課長に気づかないのか、桶矢はペラペラと妄想を語る。

あ、これはやばい、逃げるか。

「そろそろ妄想も大概にしないと、天使じゃなくて鬼が来るよ。じゃ、頑張れ桶矢」
「へ?」

携帯を持って席を立つ。
ついでにトイレ行ってゲームして、飲み物でも買って戻ってこよう。


「コラー桶矢!真面目に働け!」
「わああ!!すんませーん!!」


尊い犠牲だった。お前はいいやつだったよ。俺はお前のこと忘れない、多分……という冗談はさておき、課長からのお小言は無事回避できた。
いつも通りトイレでゲームしつつ、飲み物を買いに自販機がある場所へと向かう。

コーラを飲みたいところだが、眠気防止にコーヒーでも買っておくかとお金を入れてコーヒーのボタンを押す。
ガタンと缶が落ちてきて手に取ろうと軽く屈んだ瞬間、後ろから「奇遇ですね!!」と女子の声がして振り向けば、5人の女性社員がいて、気付いたら一瞬で女子に囲まれ完全に逃げ道を封鎖されてしまった。
こういう時の女子の団結力は怖すぎる。

話はさっき俺が手作りのお菓子を受け取ったということで、「次は私がお菓子作ってきます」とか「何のお菓子が好きですか?」といった非常に面倒なことになってしまっていた。
というか、もう話が広まってるとかマジで女子の噂話の広まるスピードが尋常じゃなくて恐ろしい。

適当に話を合わせて、逃げるタイミングを計っていると、グッドタイミングでさつきが財布を握りしめて現れた。
毎度のことながらタイミングが神がかっている。
脱出を試みようとさつきと目線を合わせた瞬間、思いっきり視線を逸らされた…


「お、お疲れさまです…」
「お疲れさま!
あ、茅ヶ崎さん、それでですね……」


逸らした後も俺とは目も合わせず、ここから逃げるかのように急いで飲み物を買うと会釈だけをして駆け足でその場を去っていった。
彼女たちはさつきに目もくれず、そのまま話を続ける。

いつもは会社で何度か会うが今日は珍しく会っていなかった。
もしかして故意的に避けられているのだろうか。
思い返せば今日の朝から少し様子がおかしかった気もしなくはない。
でも昨日の夜まではいつも通りだったはずだ。
俺が何かをしたとは考えにくいし、考えても思い当たる節が見当たらない。


「茅ヶ崎さん、聞いてます?」
「え?ああ、ごめんね。
ちょっと急ぎのメール返信しなきゃいけないこと思い出して、俺もういくね」


さつきを追いかけてみたが、廊下にはおらず、もう自分のデスクに戻ったようだった。

なんだろう非常に腑に落ちない。
例えるならばあれだ。手懐けたはずの子犬に噛み付かれて逃げられた気持ちだ。


帰りの車の中でそれとなく聞こうと思っていれば、LIMEに用事があるから先に帰ってて下さいと業務連絡のようなメッセージがきていた。
寮に帰って夕食を済ませ台本の読み合わせに入る。頃合いを見て、体調が悪いからと途中で稽古を抜けた。
監督が少し訝しげにしていたから、多分ゲームをしてたことは誤魔化せていない。
問いただされるのも時間の問題かなと思いつつも、稽古場から自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、今帰宅したであろうさつきとばったり鉢合わせた。


「おかえり」
「た、ただいま…で、す……」


これでもかというくらいさつきに満面の笑みを向けると、ギギギと潤滑油が必要なロボットのように不自然な動きをしながら俺の前から立ち去ろうしたさつきの腕を掴んで俺の部屋に連行した。



「俺のこと避けてるよね?」

すぐ逃げれないようソファに座らせ、笑顔で問うと明らかに目線が泳いだ状態で「全然そんなことないです」と返事が帰ってきたが、全くもって嘘くさい。

「じゃあ質問を変えるね。
自販機のところで会った時、何で目線逸らしたの?
女子に捕まってたところを助けて欲しかったなー」
「……た、楽しそうに話してた…ので、邪魔しちゃダメ…だと……思って…」
「あれが楽しいわけないでしょ。
さつきに助け求めたのに目逸らされて、傷付いたんですけど俺」


俯くさつきの顔に手を添えてクイっと上を向かせる。
さつきが俺を見上げる形になり、さっきまで真っ青だった顔がみるみる真っ赤になっていく。


「俺、さつきに何かした?
嫌いなら俺の顔でもブン殴って逃げたらいいよ」
「…き、嫌いじゃ、ないです。
本当に、何でもないんです…。ごめんなさい…」


あ、いじめすぎた。
泣かすつもりは全くなかったのに、ぱっちりとしたアーモンド型の双眸から今にも涙が溢れそうになる。


「ごめん、ごめん。
次、女子に囲まれてたら、助けてよって言いたかっただけだから。
ほら、泣かない泣かない」
「い、痛いれす」


柔らかいほっぺを両方の手で摘んで少し引っ張ってみれば、溢れそうだった涙が引っ込んでさつきの眉間に少しシワが寄った。
可愛らしい顔が台無しである。いや、摘んだのは俺なんだけども。
まあ、嫌われてもしょうがないことしてる自覚は大いにあるんだけどね。
シスコンな監督にバレたら多分しばかれるだろう。


「じゃあ、ご飯食べて風呂入ったら俺の部屋に集合ね」
「イベントは…いいんですか……?」
「さつきにしかできないことがあるから手伝って、ね?」


これまた満面の笑みを向けると、何を想像したのかさつきの顔が少し強張った。


2017.9.27.

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