薄花桜に囚われたままの愛と哀と藍と

□act.02 愛の酷薄 16
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咲也たちに言われて朝練に出るようになって、より深く感じたことがある。
演劇に対する咲也たちとの温度差だ。
朝練に出た理由は至極単純でゲームのためである。あとは、朝練に出るとやけにさつきが嬉しそうにするから、まあ出てもいいかなっていう淡い気持ちからだった。

自分の演技については、可もなく不可もなく。それなりにやっているつもりだったし、セリフも覚えようと台本を何度か繰り返し読んだりもしていた。
楽しいか?と聞かれたら、すぐに首を縦に振ることできないのが正直な感想ではあったが、それでも自分的にはそれなりにやっていたと思う。


そんなある日曜日の昼過ぎの稽古中だった。
元春組の鹿島雄三という強面の男が突然きて演技指導をしてやるといってきた。
全員が終始クソミソに言われ、俺に関しては「別に言うことはない。やる気がないなら、さっさと舞台から降りろ」それだけだった。
確かに咲也たちからすると俺のやる気はないに等しいかもしれない。
だが、最低限やることはやってきたし、何で初めてきた人にそんなこと言われなきゃならないのかと腹も立ったが、落ち着いて考えてみれば正論を突きつけられて腹が立ったんだと何だか妙に腑に落ちた。

そんなモヤモヤした気持ちを紛らわせるためにゲームをしていれば、仕事から帰ってきたさつきが部屋を訪ねてきた。
彼女の性格を全て知っているわけではないが、監督に言われてきたのかと何となく思った。
彼女なりに元気づけようとしてくれているのはわかった。
俺のテリトリーに意図も簡単にスッと入ってきた彼女だか、そんな彼女でも決して今まで入ってこなかったところに初めて触れようとした瞬間、俺は咄嗟に彼女を押し倒して、テリトリーへの侵入を拒否した。
自分の情けなくて弱いところを見られたくない。
十分今の自分も情けなくはあるが、自分の心の内を他人に見られるのだけは嫌だった。


さつきが部屋を出て行った後、咲也たちが部屋を訪ねてきて、劇場でみんなで寝ないか?という突飛な提案をしてきた。
ただこの部屋で寝ても寝付けないだろうし、俺は咲也の案に乗ることにした。
スマホと布団を持って劇場に行くと相当不機嫌な真澄と困った様子の綴が先に布団を敷いていた。
シトロンの本当か嘘か謎な発言を聞き流しつつ、布団を敷き終わりそのまま布団に横になる。
目を閉じてしばらくしてから咲也が起きているかと恐る恐る声を出すと、誰も寝られなかったようで皆起きていた。
そして自然と話は元春組の雄三さんについてで、最初はムカついたりひどいなと皆そう思ったらしい。
ただあの人の言葉は厳しいが正論だったし、監督も立ち稽古あたりから悩んでいたらしく、ただ言いたいこと言って貶しにきたのではなく、俺らの目を覚まさせようとしたのではないかという結論に落ち着いた。
俺はただ咲也たちの会話に傾けていた。


「客の言葉にいちいち反発しててもしょうがねぇんだよな。あれを糧にしないと」
「そうですよ。オレ舞台のこともっと知りたいです。もっともっと芝居がうまくなりたい」
「俺も、あの雄三さんを見返してえ」
「その意気ダヨ!ワタシもがんばるネ」
「頑張りましょう!」


もう綴も咲也もシトロンでさえ前を見据えていた。
若さ故か何なのか、ここでもまた感じた温度差に思わずため息が漏れた。
咲也にどうしたのか聞かれ「そろそろ寝ないと明日遅刻するなと思って」と誤魔化すと納得してくれたようで、また横になって目を閉じた。


自分がこの中にいてもいいのだろうか……と頭の片隅で思っていた。


***


翌日の夜の稽古で監督から各自の弱点克服のための専用メニューが言い渡された。
明日の朝練から実施してほしいと言われた俺の専用メニューは基礎練習。
咲也はストリートACT、真澄は好きな舞台を見つけることなど各自それぞれで、俺は何の変哲もない基礎練習。
詳しく書かれた紙を見て思わず「俺は基礎練?」と監督に聞けば、監督は迷うことなく答えた。

「至さんは決して素質がないわけじゃないのに、基礎の部分でほかのみんなより遅れが出てきてるような気がします」
「ゲームしてるから」
「……あー」

監督が直接言わなかった言葉を間髪入れずに真澄にハッキリと告げられ、ほかのみんなと自分は違った単純な練習メニューに納得がいった。

「少し間 稽古を抜けてるだけですけど、積み重なると目立ってくると思います」

真澄の言葉で少し苦笑いしつつも、監督は相変わらずオブラートに包んだ言葉で俺に説明してくれていた。
監督いう立場だから、もっと強めに言ってもいいとは思うが、そういうところは姉妹そっくりだなと思う。


「1人で基礎練しても巻き返すのに時間がかかってしまうので、なるべくさつきと一緒に基礎練をやって下さい。
もうさつきには了解を得てますので」

絶賛俺らが気まずいということは知らないだろうけど、まさかそこにさつきを持ってくるとは思っていなかった俺は、処理に少し時間がかかって黙っていると不思議に思った監督に名前を呼ばれて我にかえる。

「いや、わかった」

思わず素っ気ない返事が口から出てしまった。

「基礎練のメニューは私と主にさつきが考えるので、翌朝さつきから聞いて下さい。
それじゃあ、よろしくお願いします」


そして翌朝の朝練からさつきとの基礎練が始まった。
用がない限り稽古場に姿を現さないさつきがジャージを着て稽古場にいるのは何やら不思議な画だ。

発声の前に入念に柔軟をして、発声練習へと移る。
立つ姿勢から思いっきり直され、声を出す前のウォーミングアップとしてリップロールやハミングを数分間すれば、次は声を出しての発声練習。
ただ声を出しているだけなのがバレたり、アクセントや鼻濁音など細々としたところまで何度か正されながら発声練習が進む。
声優と演劇で職種は違えど、演技をする上でさつきはプロだ。
会社では俺が先輩だが、この板の上ではさつきの方が先輩だということを今更ながら思い知る。

「声を出す上で、いかにリラックスした状態で出せるかがポイントなんですが、至さんはいい感じに力が抜けています。
演技をする時もそのリラックスした状態でできるようになれば、もっと楽に声が出せるようになって、セリフや演技に集中できると思います。
それじゃあ、今の感じを忘れない内に外郎売やりましょう」

渡された紙に書かれた文字の羅列にうえっと声が出そうになった。
今までの単純な言葉と違い、難しい言い回しの言葉や漢字がやたら多い。

「何これ普通に漢字が読めないんだけど」
「私がお手本でゆっくり読むので、わからないところにフリガナふったり、アクセントの印つけたりしてみて下さい。
1日、2日でとは言いませんが、暗記して紙がなくても読めるようにしましょう」

俺が思ってた基礎練と違うし、下手すると監督より厳しい。

そんな練習が連日続き、さつきとの朝練の成果が少しずつ出てきたような気がするなと思いつつ、立ち稽古を重ねていく。
だが やればやるほど、どんどん周りと温度差が開いてくような感覚が払拭できずにいた。



引き返すなら今なんだろう。
衣装や大道具の製作も進もうとしている中、これ以上長引かせれば、迷惑をかけたどころの騒ぎではなくなる。


夜の稽古が終わり各自部屋に戻り、俺はパソコンを起動させながら自室のソファに腰をおろす。
「話があるからバルコニーに来て」と監督にメッセージを送れば、思いのほかすぐに了解との返信がきた。

深く長い深呼吸をしてソファから立ち上がる。



もう、すべてを終わりしよう。

あの頃に戻るんだ−−−−




2017.10.15.

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