薄花桜に囚われたままの愛と哀と藍と

□act.02 愛の酷薄 20
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「劇団をやめようと思う」と、そう夜の稽古を始まる前に言えば、案の定なぜだと詰め寄られた。
少なからず多少の罪悪感はあるが、ここで引かなければ罪悪感どころの騒ぎではなくなりそうである。
まあ監督は嫌だと渋る人間を板の上にあげることはしないだろう。咲也と綴あたりは違うだろうが。
反応はそれぞれで咲也と綴は真っ先になぜだと問いただし、シトロンはどちらの味方なのか謎のまま。
そして真澄に至っては清々しいほどバッサリ切り捨ててきた。そして睨まれるというオプション付きである。

「今までと同じように家事やって、朝と夜の稽古まで手伝って、やる気のないやつのためにさつきが寝る時間削る必要ない」

そう真澄がさつきに言った言葉に、乾いた笑いが込み上げてきた。
本当だよ。何でこんな俺に付き合って身を粉にする必要がある?
ああそうか、さつきの秘密を握って脅迫まがいなことをしてたのは俺だ。そりゃ嫌だというわけがない。
アホみたいな自問自答に心の中で自分を嘲笑う。

「もし、やめても みんなのことは応援してるからさ」

気付いたらそう笑って答えていた。
ただやはり咲也と綴はこれでは納得してくれそうもないようであった。


「ゲームよりも舞台の方が面白いってわかったら、本気になってくれるんすか?」
「わからない。ゲームより面白いものなんてなかったし」
「確かにゲームは最高のエンターテインメトネ」
「舞台だってそうです!」


なぜこうも話が前に進まないのか。
なるべく穏便に済ませようと思っていたが、これ以上話を引っ張られても面倒だと口にした言葉で稽古場に静寂が生まれる。

「…だから、こういう咲也との温度差もあるからさ」

あまり強く言うつもりはなかったが、話が終わらないのなら最早仕方がない。
その空気感に堪え兼ねたのか、監督が口を開いた。


「舞台にかける情熱は人それぞれです。比べてもしょうがありません。
それよりも至さんがみんなと舞台をやっていきたいかどうか、大事なのはそれだけです。どうですか?」

「…考えさせてくれ」

この人もまだ諦めてないようだ。
咲也や綴、監督も真澄のようにバッサリ切り捨ててくれたら楽なんだろうが、そう簡単にはいかないか。

微妙な空気にしてしまったのは俺だが、稽古はいつも通り終わらせ部屋に帰る。
するとその後をさつきが追いかけてきたようで、部屋に入る前に声をかけられ振り向いた。


「至さん!…やめるって本当ですか?」
「さすがの俺でも、あの場で嘘はつかないよ」

あの場でさつきが俺に対して問いたださなかったのは、彼女なりの配慮なのだろうと勝手に思う。そして今もきっと、どう言おうか悩んでいるんだろう。
それなのになぜ今にも泣きそうな顔してるんだろうか。
それは無意識だった。さつきの顔が俺から見えないよう、そしてさつきから俺の顔が見えないように、そっと抱き寄せた。


「お願い、このまま聞いて」
「い、たるさん…?」

「俺はここを出て行くけど、さつきは残れるよう監督に言ってある。
……だから、全部終わりしよう」

びくりと俺の腕の中でさつきが体を震わせた。

「あの交換条件をする前に戻ろう。
大丈夫、さつきの秘密は言ったりしないから。
……本当にごめん。ありがとう」


そう小さく呟いて、さつきの顔を見ないようすぐに扉を閉めた。

さつきが泣いていたかはわからない。
もしかしたら清々したと笑っているかもしれない。
どちらにせよ、もうさつきを縛っておく必要も何もない。
負担ばかりかけてと真澄が言っていた通りだ。
たくさん困らせて、たくさん泣かせてしまった。


なのにどうして、今思い浮かぶのはさつきが笑っている光景ばかりなんだろうか−−−。



そして翌朝、起きた俺はいつも通り朝食を取って会社に向かう。
だが、いつも笑顔で朝食を運んで来てくれる彼女も、弁当を渡してくれる彼女も今日はいなかった。
久しぶりに弁当がない俺は適当なところで昼食を食べたが、こんなに味気ないものだっただろうか。

そしていつも通り仕事をこなし、定時に帰宅する。
さつきは仕事とオーディションがあるらしく帰宅は遅くなるとのことで、夕食は久々に監督のカレーであった。
一応夜の稽古も参加して、終わったらすぐ部屋に戻った。


なかなかに散らかった部屋を見て、思わずため息を漏らす。
またこの荷物を片付けて引っ越し準備をするのかという現実を思い出し、今は忘れてゲームをしようとパソコンを起動させる。
引っ越し先は探していて目処はついているので、あとはもう荷物をまとめるだけである。

部屋にある小さな冷蔵庫からコーラを取り出し、部屋に常備してある菓子を開ける。
ネトゲにログインして「おつー」とコメントを打てば共闘仲間から「おつー」や「やほー」といった挨拶が画面に表示され適当にチャットで雑談をする。
程よく数が集まってゲームを開始して1時間ほど経った頃だったか、スマホから夜はあまり鳴らない電話の音が部屋中に鳴り響いた。


「はあ?こんな時間に誰だよ…」


スマホに手を伸ばし画面を見ればそこには「立花さつき」と表示されてあった。
仕事以外ではゲームの邪魔になるからと絶対に電話などしてこないさつきからの電話。

不思議に思って画面をタップしてスマホを耳に当てる。
もしもしと出ても聞こえるのは車の通る音なのか雑音しか聞こえない。
間違い電話なのか何なのか、とりあえずもう一度「もしもし?何かあった?」と大きく問うと雑音に混じり微かに声が聞こえ、そして次にはっきり「…助けて」とさつきの声がした。

俺はチャットに「ごめん急用、落ちる」とだけ打ち、車の鍵を持って部屋を飛び出した。


考えてる暇はなかった。
ただ、勝手に体が動いていた…


2017.11.19.

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