薄花桜に囚われたままの愛と哀と藍と

□act 03.春を待つジプシー 23
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※イベントストーリーからの登場キャラクターでメインストーリーの5幕から追加されたキャラが少し登場します。





息苦しさを感じ閉じられた目をふと開けると、そこには見慣れた天井があり自分はベッドに横になっていた。
ボーっとする頭で思い出そうとすれば、私はオーディション会場から逃げ出して、挙げ句の果てに自暴自棄に陥って、そして……

−−−"会いたい"とそう強く願った。
朧げな記憶の断片にあるのは、至さんの優しい声音と温もり。
私が自分の布団に横になっているということは、思い出されるものが少なからず現実であったことなのだろう。
……すごく生意気なことを言ったような気がするけれど、そこはどうか私の妄想であってほしい。
いろんな情報や感情が交差し収集がつかなくなった頭で悩んでいると扉のドアノブがガチャリと音をたてて開き、姉であるいづみが顔をのぞかせた。


「おはよう。気分はどう?朝ご飯食べれそう?」
「……お姉ちゃん、おはよう」

起き上がろうと体に力を入れようとしても上手くいかず、体はボスンと布団に戻される。
その私の姿を見た姉が慌てて駆け寄り、姉の手が額にあてられた。
その手は先ほどまで水仕事でもしていたのか、冷んやりしていてとても心地がいい。

「すごい熱!今、水枕とか持ってくるから待ってて」
「で、でも仕事…」
「こんな状態で職場行っちゃダメ。
あと何か食べれそうな物作ってくるから、薬飲んで今日は大人しく寝ること。いいね?」
「………は、い」

熱があることを自覚すればドッと体が重く感じ、さらに呼吸が浅くなったのか息苦しい。
大人しく目を閉じて浅い呼吸を繰り返し数分が経つと、姉が水枕や着替えなど荷物を抱えて再度部屋の扉が開かれた。

持ってきてもらった着替えに袖を通し、額に冷えピタを貼られ、またベッドに横になると、水枕がひんやりしていて自然と瞼が閉じる。
沈んでゆく意識の中で、優しい手付きで頭を撫でる感覚と共に姉の優しい声がした気がした…。


「お姉ちゃんはさつきの味方だよ。何があっても、どんなことがあってもお姉ちゃんはさつきのことが大好きだから……。
もう1人じゃないからね。ゆっくりおやすみ」


***


遠慮がちに肩をポンポンを叩かれ、ふと意識が浮上し重い瞼を持ち上げる。

「……つづ…るくんと…ま…すみくん…」

視界がぼやけ霞んだ先に見えたのは私服を着た綴くんと制服姿の真澄くんだった。
今は何時で、自分はどのくらい寝ていたのだろか。

「お粥と薬持ってきたんですけど起きれます?」

綴くんのその言葉にこくりと頷き、起き上がろうとすれば真澄くんが肩を抱き起き上がるのを手伝ってくれた。

「女の人の部屋に入るのはどうかとも思ったんですけど、真澄が自分が行くって聞かなくて…。あ、お粥は監督が作ったんで、美味いはずです」
「さつきが熱あるって聞いた。俺が今日付きっきりで看病するからもう大丈夫」
「真澄はこれから学校だ!
支配人がわざわざ弁当作ってくれたんだから、それ持って大人しく学校行くように監督も言ってたろ」
「大丈夫。俺がついてるからさつきはもうこれで安心」


真澄くんは綴くんの言葉に耳を傾けず私の手を握り、真剣な表情で淡々と述べた。
少しちぐはぐないつもの掛け合いにホッとして、ふふと笑みがこぼれた。

「ありがとう真澄くん、綴くん」

綴くんからお粥を受け取り、冷ましながら少しずつ口に運ぶ。
姉が作るお粥を食べたのはいつぶりだろうか。とても懐かしくて、優しい味に涙が出そうになる。
彼らの楽しい掛け合いを聞きながら、私はゆっくりと少しずつ咀嚼していく。すると綴くんが「嬉しい報告か1つあるんですけど…」と続けた。

「今日の朝にみんなで至さんを説得しに行って、一応ロミジュリまではいてくれるって言ってくれました。
さつきさんには至さんから直接の方がよかったとは思ったんですけど、早く伝えたくて」

「…そっか……うん、よかった…本当によかった」


食べる手が止まり、視界がじわりと滲む。
春組のみんなが揃って舞台に立つ姿を見られることの喜びと、この劇団のことや演じることを嫌いになっていなかったことへの嬉しさといろんなものが込み上げてきた。

「さつきさんて本当に至さんのこと好きなんですね」
「え?あっ、その…!」
「ふふ、微笑ましいっす」
「さつき、元気になって」

火照る顔がさらに熱を増したような感覚に気恥ずかしくなって、布団の上でわたわたとしてしまった私を見かねてなのか、真澄くんが私の手を包み込む。
すると不思議と心が穏やかになった。

「…うん、ありがとう」

「それじゃあ俺たちは学校があるんで、もう行きますね。薬ここに置いておくんで」
「俺はまだここにいる」
「真澄はもう行かないと遅刻だろ。
それに俺たちがいたら休まらないんだから、ほらちゃっちゃと立つ!」

引きずられるように綴くんに連れて行かれる真澄くんたちにお礼を言って、ベッドから彼らを見送った。
その後は薬を飲んでぐっすり寝て、数日後には体調は全快となり無事に職場復帰となった。


***


「急にお休み頂いてすみませんでした。
お休み頂いた分を巻き返せるように頑張ります」
「大事に至らなくて良かったよ。
兼業も大変だろう?若いからといって無理はしないようにね」

課長に頭を下げに行けば、「気にしないで」と朗らかに笑う。
その優しさに自分が不甲斐なく思えてきて、また負のスパイラルに陥る。
「ありがとうございます」と課長にお礼を言い、その場を後にした。

自分のデスクに戻る最中、今日の予定を確認しようと携帯を取り出す。
また無意識にLIMEのアイコンをタップし、マネージャーからのメッセージを見返していた。

「もっと打たれ強くなりなさい。人気が出れば批判だってあるのよ。そんなことで立ち止まってはダメ。頑張りなさい」

何度読んでも答えがわからない。
打たれ強くなるにはどうしたらいいのだろう。たくさん打たれれば強くなるとでもいうのだろうか。
立ち止まってしまった足を動かすにはどうしたらいいのだろうか。
以前より団結力が強くなり、活気付いた春組のみんなを微笑ましく思う反面、立ち止まったままの自分が惨めに思えてくる。
泣いても悩んでも答えは何ひとつ出てこない。


「あ!立花さんだ!体調はもう大丈夫?」
「あっ、桶矢くん」

笑顔で話しかけてきてくれたのは同世代の桶矢くんだった。
至さんと席が隣で、至さんはうるさい犬みたいなやつと言っていたような気がする。

「もう大丈夫だよ。この通り元気になりました」
「ううっ、それはよかった!俺、立花さんの笑顔見ないと仕事頑張れないから、その眩しい笑顔が見れ…」
「はい、桶矢そこ邪魔。
立花さん、外回りの時間だから行くよ」

桶矢くんの頭を資料でパシリと叩き、王子様スマイルの至さんが顔を覗かせた。

「すみません!今準備して行きますね。
桶矢くん、ありがとう!」

もう外出の支度がバッチリな至さんを見て、荷物を取りにデスクに駆け足で戻る。


「口説くなら時と場所を考えないとダメだね。それじゃ俺 外回りで戻り15時だから、あとはよろしく」

至さんと桶矢くんが話しているところに荷物を持って戻り、至さんに声をかける。

「…茅ヶ崎さん、おまたせしました」

桶矢くんに挨拶をして、そのまま車がある地下駐車場に向かった。



「……お似合いすぎて何も言えない。もしや本当に付き合ってるんじゃ……!」
「俺はすでに同棲してるとみた」
「ギャーーー!!って卯木先輩!?
いつの間に日本に帰ってきてたんすか!」
「そんな人をオバケみたいに言わないでくれるかな。今日帰ってきたんだよ。そしてまた明後日から出張」
「お、おお…そ、それはお疲れ様です。
あ!で、2人が同棲してるってどういうことなんですか!?」
「ああ、あの2人ね。茅ヶ崎の車で仲良く出社してたんだよ。
会社には少しズラして出社してたけど、同じ車から出てくるのをたまたま見ちゃったんだよね」
「え…嘘…ですよね…?」
「うーん、さぁどうだろう?
それは桶矢が信じるか信じないか次第かな?」
「先輩のその嘘か本当かわからない笑顔怖いっす。それが本当なら俺たちの天使が穢されていたなんて……
うう、真相を確かめたい…!でもそれで立花さんに嫌われたらもっと生きていけない!」
「桶矢は幸せそうでいいね」
「そんなこと言って、なら先輩は気にならないんすか?」
「他人の色恋沙汰に興味はないかな。
まあ秘密があるなら暴きたくなるのは人間の悲しき性だから、これはもう仕方がないことだね。
桶矢のその好奇心旺盛なのはいいことだけど、時としてそれが足枷となり大きな代償を払うことになるから気をつけるんだよ」
「………先輩…難しすぎて俺にはさっぱりっす」


**


車に乗り込んだ後も至さんとの会話は仕事の話のみで、あの時のことについては何も話せていない。
寮でもお礼くらいしか言えていなかった。

「……この間のことは、踏ん切りつい…てるわけないかまだ」

途切れた会話の後、そう続けたのは至さんだった。

「……そ、そうですね。まだ全然。
正直この先どうしたらいいのか、まったくわからなくて。
このくらいでしょげて落ち込んでちゃダメなんですけどね」

あははと無理やり作り笑いをして至さんをちらりと見ても、当たり前だが笑っているわけもなく、ただ気まずい雰囲気を作っただけだった。


「自分の夢を叶えて好きなことを仕事にできて、それに対してひたむきに頑張ってる姿は正直本当にすごいと思う…。
まあここからは俺のひとり言みたいなもんだから、適当に受け流してもらっていいんだけどさ」

運転をしながら、そう落ち着いた声音で話す至さんの横顔をそっと見つめる。

「辛いなら今の現状から逃げてもいいと俺は思う。
ボロボロのまま敵に突っ込んでゲームオーバーになる前に引き返して、体力を回復させたり、装備を強化したりするのも大事だと思う、まあリアルな人生をゲームに例えるのもあれだけど。
でも、たまには立ち止まって休息するくらいあってもいいんじゃないかな。
さつきが頑張ってるのは俺も監督も咲也たちだって、課長だって知ってる」
「………」
「さつきは今回のことで少しでも手を抜いた?」


至さんのその問いに私は小さく首を横に振る。
いつだって自分のできる限りのことは尽くしてやっているし、今の現状に甘んじ向上心を忘れたこともない。


「いくら頑張ったって、ベストを尽くしても失敗する時はある。
さつきが頑張ってないとか手を抜いたなんて、MANKAIカンパニーのみんなは思わないし、ずっと間近で見てきたマネージャーの人だって、さつきが全身全霊をかけて頑張っている姿を知ってる。
ここにさつきを責める人は誰もいない」

至さんの優しい声が静かな車内に響く。

「人の期待に応え続けるのも、頑張り続けるのも、しんどくなる時だってある。
全力でぶつかっていったからこそ、悔しいって感情が出るんだと思う。
その時はきっと何をしても上手くいかなくて、辛くて生きていることすら嫌になるかもしれない。
なら、そんな時は思いっきり羽を伸ばして休んで、次 頑張る時が来たらその時はたくさん頑張ればいい。
月並みな言葉でしか俺には言えないけど、今は頑張らずに立ち止まって休んでもいいと俺は思うよ。」

赤信号で車がぴたりと止まる。

「元気になったら、また基礎練付き合ってよ」

そう優しい笑顔で頭をぽんぽんと撫でられ、枯れるくらい泣いた目からはポロポロと大粒の涙が溢れ出た。

「ごめん、泣かせる気はなかったんだけど」
「ち、違うんです。嬉しくて、勝手に涙が…」


「頑張れ」
その言葉に元気をもらって、そして時にはその言葉が辛くて重りになる。
自分は惨めだ、不甲斐ないと卑屈になると、すべてをマイナスに捉えて人の些細な優しさにも気付けない。


「真澄がさ、迷惑かけたんだから何か奢れって。だから今度みんなで美味しいものでも食べに行こうよ、ね?
って、また泣いたらメイク崩れるよ」

嬉し涙にむせぶ私を笑いながら頭をひと撫でして、信号が青になり車が静かに動き出した。



感謝の言葉では足りないくらい、たくさんの人の優しさに触れて、感じて、そして今の自分がここにいる。


ほんの少しでいい。
ほんの少しの希望がまだあるのなら、私は立ち向かっていきたい。



2018.03.01.
→あとがき
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