A3 短編

□お伽話のその先に
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【(ストーカー気質な)美少女と十座】


自分の人生は、自分が容姿に恵まれていること以外、てんでダメだと気付いたのはいつだっただろうか。
物心ついた頃から片親で、母親は世界を飛び回るヴァイオリニスト。母親と顔を合わせることは年に数回のみ。
それが幼い頃から当たり前だった私は、それが異常だとは気付かなかった。
そして美人な母親譲りの容姿で幼い頃から苦労したのは言うまでもない。
誘拐されそうになったり、男の人に襲われそうになったり、変な勧誘を受けたりと様々。
痴漢から助けてくれる人なんていないし、街中で変な人たちに絡まれても誰も助けてはくれない、裂かれた制服姿を見てもみんな見て見ぬふり、助けてくれた人がいたと思ったら付き合えだと性行為させろだの見返りを求めてくる人ばかり。
この世界に私を助けてくれるヒーローなんているのだろうか。
一応女の子なのだから、白馬の王子様の夢を見てもいいじゃないかと、そんな淡い期待も17年間生きてきて、関わるいろんな男の人に幻滅して、ことごとく夢は壊されていく。
母親曰く「世の中ろくな男はいない」と父親や今まで付き合ったと思われる男の人の残念すぎる話を延々聞かされたこともあった。

そんな世の中に絶望しかけていた私の目の前に、今まさに白馬の王子様が現れた。


「……おい、大丈夫か?」
「え?ああ、はい。ありがとう、ございます」

手を伸ばされ その手を取ると、骨ばった長い指、そして私より大きな手にドキリとする。
制服のリボンを剥ぎ取られ、前を全開にされた私に、ふわっと肩にかけられた制服の上着。その流れるような自然な気遣いに、さらにドクンドクンと胸が高鳴る。
紫色の髪色に切れ長な目、180センチは越えているであろう身長。
欧華高校の制服を着ているということは学生なのだろう。
放課後、不良に絡まれていたところに颯爽と現れて不良から私を助けてくれた。
そして転んだ私に手を差し伸べてくれて、上着までかけてくれたこの人は、もう私の白馬の王子様に違いない。
そう思った瞬間、色褪せた世界が煌めき出したように感じた。

初めて味合う胸の高鳴りに頭が暴走した私は、交際の順番など全てすっ飛ばして今世紀最大のミスを犯した。


「あ、あの…!私と、結婚して下さい!!」
「………………」


あ…その……や、やってしまった…
火照った体から冷や汗がぶわりと出る。
これがおとぎ話ならロマンチックだったかもしれない。だが、ここは何の変哲も無い現実世界だということを忘れてはいけない。
恐る恐る顔を上げて運命の人(仮)を見たら、案の定固まっていた。


「あっ…その…えっと………」

「あ!十ちゃん!」
「………ああ、椋か」

私がしどろもどろしている時に、彼の後ろから ふわふわなピンク髪をした少女……あ、良かった男の子だった。
私が見えていなかったのか、男の子が彼を見つけて話かけた。

「あわわわわ!お取り込み中だったのにごめんなさい!!」
「いや、あの……!」

すごい勢いで頭を下げる男の子は彼の知り合いなのだろうか。
だんだんこっちが恥ずかしくなってきて、私は彼と向き合い、叫んだ。

「あの!私は、みょうじなまえって言います!また会いにきます!
今日は本当にありがとうございました!」


そして私はその場から逃げ出した。
シンデレラのように、ここでガラスの靴の1つでも落とせば良かったのかもしれない。
肩にかかる彼の上着の温かさと、彼への想いが止めどなく溢れて、小賢しい作戦など考える暇もなかった。


◇ ◇


「十ちゃん、あの人確か聖フローラのマドンナさんだよ、高等部の!知り合いなの?」
「…いや、全然知らねえ」
「わああ、生で初めて見たけど芸能人みたいでキレイな人だったなあ」
「…そうか」
「そうかって十ちゃん!反応薄いよ!」

椋と一緒に寮に帰る最中で、さっきあったことを話すと、椋はいつもよりテンションが高くなり、椋の言ってることが途中でわからなくなった。
そして気付けば寮内にその話が知れ渡り、一成さんと太一あたりがあれやこれやと騒がしくしていれば左京さんに怒鳴られていた。
それをものすごく楽しそうに東さんが見ていたのは黙っておこう。

あの日は俺にとって何気ない日の出来事だったからか、数日経って忘れかけてたある日の放課後。
教室内がざわつき始め、クラスメイトが口々に「校門に美少女がいる」「あれ聖フローラの高等部の制服じゃね?」と教室の窓から身を乗り出して校門を見ていたが、俺は気に留めることなく、カバンを持って校内を出る。

なんとなく人混みを避けて校門を抜けようとした時、1人の女の人がこちらに走ってきた。

「兵頭さん!」

周りの視線が一気に注がれることにも気に留めず、先程まで噂されていた人物が俺の目の前で止まった。
さすがに校門前だと目立つということで、人影の少ない近くの公園で話すことになった。


「この間は助けて頂いて、本当にありがとうございました。
遅くなっちゃったんですけど、これ貸して頂いた制服です」

紙袋を受け取るとクリーニングされたであろう制服が入っていた。

「…わざわざ悪い」
「いいえ。本当にありがとうございました。
あ、あの…それで、これ。
ほんの些細なものなんですが、お礼です」

「兵頭さんのお口にあえばいいんですが…」と渡されたものは、俺が気になっていたがなかなか入れずにいた洋菓子店のお菓子の詰め合わせだった。

「……こんなにもらっていいのか…?」
「寮に入ってるって、噂を聞いたもので。ぜひ皆さんと食べて下さい!」

椋のような屈託のない笑みを浮かべ、目の前の人物は朗らかに笑う。
俺を前にしても怖くはないのだろうかという疑問を抱きつつ、彼女からお菓子の詰め合わせも一緒に受け取る。
そういえば、俺はこの人に名前を告げただろうか?と、ふとした疑問が浮かび、その疑問を口にしていた。

「そういや名前…いったか…?」
「え?あ、その、制服のタグに名前書いてあったので…!間違ってましたか?」
「いや、合ってる」

「よかったです」と今度はへにゃりと笑う。
その時は綺麗だとかかわいいとかとい
うよりも、不思議な女だと思った。


「帰るだけなら家まで送る」
「だ、大丈夫です!これ以上、兵頭くんに迷惑は…!」
「明日ニュースになってたら後味悪いだろ」
「……あ、じゃあ…よろしくお願いします」

話は主にみょうじが質問をして、それに俺が答えたり、劇団の話などたわいもない話をして、みょうじの家に着く頃にはお互い砕けた話し方になっていた。

「この間も今日も本当にありがとう。
十座くんも気をつけね」
「ああ。アンタも気をつけろよ」

みょうじを背に歩き出すと、すぐ「十座くん」と名前を呼ばれる振り向く。

「……あ、あのね、この間のことなんだけど。
あの時のことは…忘れてほしいの。私が変に口走ったこと、忘れていいから…!」
「……わかった」

わかったとだけ告げると先程まで笑顔だったみょうじの顔が少し曇ったように見えた。



寮に帰れば、いつもよりリビングが騒がしく、覗いて見れば太一を囲んで騒いでいるようだった。

「十座サン!おかえりなさいッス!」
「十座、美少女JKとのデートはどうだった?」
「至さん、そんなんじゃねえっす」
「兵頭なんかについてくわけねーだろ。妄想だ妄想」
「あ?なんだコラ」
「やんのかコラ」
「こらこら。万里ひがみよくない。
さ、兵頭、俺に美少女JK紹介よろ」
「俺っちも聞きたいッス!
出回ってる写メしか持ってないんで、できたら写メ撮ってきて欲しいッス!」

紹介しろだの写真撮ってこいだのとしつこい2人を適当に撒いて部屋に戻る。
ただその日の夕飯やしばらくはみょうじの話題で持ちきりだった。


家まで送っていった以来、みょうじとは会っていなかった。
そしてしばらくして、秋組公演を迎え俺は慌ただしい生活を送っていた。

「今日も届いてましたね。甘い物の差し入れ」
「寮のおやつ代が浮いて大助かりだがな」

公演終わりに差し入れの甘い菓子を口に頬張っていると臣さんと左京さんの会話が耳に入る。
差出人不明の菓子が毎公演の度に届くらしい。
俺としては食いたいと思っていた甘いモンが食えて最高だが、左京さんあたりはありがたいといいつつ毎回郵送されてくる荷物を怪しんでいた。

そして無事に千秋楽を迎え、千秋楽が終わった楽屋は監督やそれぞれの組のメンバーが色々感想を述べたりと毎度のことながら賑やかだ。
そんな中、扉がドンドンと叩かれ、楽屋にいなかった椋と一成さんが現れた。

「ヒョードル!噂のなまえちゃんがいたから連れてきたよー!」
「ま、待って下さい!」

一成さんに無理やり手を引かれ楽屋に入ってきたのは、私服を着たみょうじだった。

「ささ!邪魔者は退散、退散!」
「十ちゃん、頑張って!!」


なぜか楽屋にみょうじと2人っきりにされ、お互い沈黙が続く。
するとみょうじが先に口を開いた。

「……千秋楽お疲れさま。舞台すごくよかったよ。すごい惹きこまれちゃった。
そ、それで…今日言いたいことがあって……」
「差し入れ、いつも美味かった」
「え?」
「差出人不明の差し入れ、あれみょうじだろ。前に制服返してもった袋に入ってた手紙の便箋と同じのが入ってたから気付いた…」

差し入れには、いつも綺麗な字で書かれている手紙が入っていた。
といっても、いつも差し支えない言葉が数行書かれたものだ。
毎回変わる封筒につい3日ほど前だったか、見覚えがある封筒だなと思い確かめたら、制服を返してもらった時に入っていた封筒と同じだと、その時たまたま気付いただけだった。

「………き、気持ち悪いことして、ごめんなさい」
「いや、俺が食いたいモンばっかで、正直嬉しかった」
「……調べたの十座くんのこと。
正直どうやっていいかわからなくて。
この間は制服を渡すっていう口実があったけど、その後は口実もなしに会う勇気も渡す勇気もなくて。すごく舞台頑張ってるって聞いたから邪魔もしたくなくて…。
だから名前隠して送るってことしか思い浮かばなくて」

スカートの裾を掴み顔を少し伏せ言うみょうじの姿は、太一から見せられた写真から感じる人形のような作られた姿ではなく、人間味があるとでも言えばいいのか、近寄りがたい雰囲気は一切ない。

「……コソコソしないで今日こそ言わなきゃって思って、受付の人に十座くんのこと聞いたら、ここに連れてきてもらって」

今日の受付は確か椋と一成さんだったはずだ。
だから、一成さんに引きずられるように楽屋にきたのか。

「…家まで送ってもらった日、忘れてって言ったこと、やっぱり忘れてほしくない。
私、十座くんのことが…好き」
「…俺が怖くねえのか」
「そんな、怖いだなんて!
好きな人に怖いだなんて思わないよ!
だって十座くんは私のヒーローだもの!
初めてなの。あんな風に助けてもらったのも、人を好きになったのも、全部 十座くんが初めてなの…」

椋からすすめられて少女マンガは読んだことはあるが、それでも正直、恋だ愛だなんてわからない。
だが、こんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけてくる相手を無下にするほど冷酷でもない。

「俺はみょうじのことを全然知らねえ。
だから、その、なんだ……だから教えてくれ。何が好きとか、嫌いとか」
「十座くん………」
「ちょ、バカ押すな!!!」

廊下から声が聞こえたと思った瞬間、扉が開きドタドタと大きな音を立てて、人が雪崩れのように倒れてきた。


「おい!誰だよ後ろから押したやつ!」
「セッツァーが扉の前独占しようとするからっしょ!」
「押したやつっていうより、何でドアノブに手かけてたのさ」
「ごごごごめんなさい幸くん!!
緊張紛らわすために気付いたらドアノブ握りしめてたボクが原因だよね!
どうしよう、十ちゃんを応援するどころか邪魔しちゃうなんて…!」
「うっわ、生の美少女JKリアル二次元すぎ」
「至さん、さすがにここは自重して下さい」
「ツヅル、ワタシこれ知ってるヨ!
おひたし、おひたしだネ!」
「めでたしな!てか、何でめでたしになるんだよ!」
「み、みんな!ここは一旦廊下に…!」
「ふふ、紬落ち着いて。もう手遅れだと思うよ」


廊下と部屋との扉の間で繰り広げられる光景を見たみょうじが声を出してクスクスと笑う。
今までいろんな人の笑った顔を見てきたが、みょうじのその笑顔は、今までで見てきた中で1番綺麗だと、そう思った。





孤独な世界にいた美しいお姫様と、優しくて少し無骨な王子様の物語は、まだまだ始まったばかり−−−。





2017.11.25.
彼女は十座くんの見えないところで相当調べまくったりと恋は盲目ばりになんやかんやしてます。
ともあれお幸せに!


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