A3 短編

□愛に喰われた心
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【失声症の少女と天馬(前編)】



MANKAIカンパニーに入ってから、オレの役者人生もオレを取り巻く日常も目まぐるしく変わった。
悩むことは多けれど順風満帆であることに変わりはなく、第1回の夏組の公演も無事に千秋楽を迎えることができた。
夏組公演中にセーブしていた俳優の仕事を再開し、そんな夏も終わりを迎えをようとしていたある日、映画の撮影で訪れた丘の上にある小さな教会で、オレはみょうじなまえという不思議な女と出会った。

真っ白いワンピースを着て、太陽の下には似つかわしくない白い素肌に力を入れれば折れそうな細い手足、そして無表情な顔の少女。
出会った時に真っ白い少女の首から下げられた黄色のホイッスルが印象的なその姿を今でも忘れることはないだろう−−−



「くっそ、教会見えてんのに何で着かないんだよ!」

撮影の合間の休憩がてら散歩をしていたら道に迷ったとは思いたくはないが、撮影場所である教会に戻れなくなっていた。
草木に囲まれた丘の上の教会は見えるものの、辺りを見渡せば木と草ばかり。
道はどこにあるのか分からず、もはや教会を目指して草をかき分けて進んだ方が早いのでないのかとさえ思い始める。
主演の俳優がいないと騒ぎにでもなったら笑いものだ。
意を決して道なき道を進もうとした瞬間、腕を思いっきり掴まれたオレは、不覚にもバランスを崩し後ろに倒れる。
尻餅をついたままの状態で後ろから腕を掴んだであろう真っ白い人型の何かが視界に入った。

「◯△%×¥◆&#!!!」

真っ白いワンピースを着た幽霊みたいな女が目の前にいる現状に言葉にならない悲鳴が口から出て後ずさる。
手足が細く血色が悪い上に真っ白い服、そして無表情の顔がこちらをジッと見ていた。
草むらに逃げようと立ち上がると、その女にまた腕をグイッと掴まれ、その時オレはもう終わりだと目を閉じた。
心の中でうろ覚えのお経的なものを唱えて、幽霊の女がいなくなることを願う。

だが、いつまでも手を掴む感触がなくならず、オレはそっと目を開けると先ほどと変わらない無表情の顔が目の前にあった。
声を出そうとした瞬間、女に腕を強く掴まれ引っ張られる。
もつれそうになる足を転ばぬよう持ち直しつつ、オレの腕を引く女の腕は力を入れれば折れてしまいそうなほど白く細い。どこにそんな力があるのか謎である。


「お、おい!オレをどこに連れていく気だ!」
「…………」


オレの言葉に見向きもせず、ずんずんと前に進む女の腕を思っ切り振りほどき睨みつけた。
静かにオレの方を振り向き、数回瞬きをすると女はまた前を向いて腕を振り上げる。
女が指を差す方向を見ると、きちんと整備された歩道があり、道を登ったその先には教会が見えた。
あれはオレを教会に連れて行ってくれようとしていたのだろうか。

「あれは道案内、だったのか…?」
「……」

女はオレを見てコクリとゆっくり頷く。
すると先ほどはわからなかったが、首からは黄色のホイッスルが下げられていて、全体的に白い女からその色だけが不自然に浮いて見えた。



「あ!皇くん、いたいた!探したよ!」


女の後ろから走ってくるスタッフに「すみません」と頭を下げ、ふと女の方を見ればスタッフの横を通りすぎ教会の方に1人で登っていく。
スタッフと一緒に教会へ向かいながら、何となくさっきの女について聞いてみた。


「さっきの女の人は、ここの教会の人なんですか?」
「神父さんのご家族だそうだよ」

幽霊ではなくて良かったとホッと胸をなでおろす。
次に会ったら一応お礼を言っておくかと教会の前まで来れば、慌ただしく準備をするスタッフに紛れて、その奥に神父とさっきの女がいた。

神父と話していても無表情な女を見れば、何やら手を動かしているだけで口は動いていない。
だが、神父は「そうか、ありがとう」と女に頷き笑顔で答えていた。


「……話せない、のか」


そう小さく口からこぼれていた。
詳しくはないが多分あれは手話なんだろうと何となく理解できた。
神父は手話でないということは耳は聞こえているのだろう。
確かにさっき俺が聞いた言葉に反応していた。

「ちょっと挨拶してきます」

そうスタッフに言い残して、オレは神父と女の元に近付き声をかけた。
すると神父は女に向けていた優しい笑みのままオレと向かい合う。


「こんにちは。君がなまえの言ってた子だね。
私はここで神父をしているみょうじ貴義といいます。
この子は私の娘のなまえ」
「オレは皇天馬といいます。今日は撮影でお邪魔しています」
「俳優さんなんだね。どうりでとてもかっこいいと思ったよ。
ああ、そうだ。なまえ 昼食を準備してあるから、食べておいで。お腹が空いただろう」
「………」

女は無言のまま、何か手話で神父に伝えるとこの場をあとにした。

「スタッフさんが人を探してると耳にして、たまたま迷ってる人を連れてきたら当人だったと今話してくれてね。
この丘から見える景色はとても綺麗なんだけど、森に囲まれていて道がわかりにくいのが難点で、すまないね」
「あ、いいえ。街からもそんな離れてない場所ですが、不思議な場所ですね」

オレにスピリチュアルなことはわからないが、この教会の周りは空気が澄んでいて、まるで街と切り離された空間のようで何だか不思議だ。
森に囲まれているからそう思うのかもしれないが。

「私も不思議なこの場所を気に入ってしまって、ここに教会を建ててしまったんだ。
街から通いにくい、崖があって危ないと言われてしまうこともあるのだけれどね」

ふふふと朗らかに笑う神父とあの娘と言っていた無表情の女は親子にしては実に対照的だった。

「もしよかったらなまえと仲良くしてくれると嬉しいな。
どうやらなまえは皇くんが気になるようだから」

とても穏やかで朗らかに笑う神父相手に、お宅の娘を幽霊だなんて思ったとは言えなかった。
ジッと見つめられたあの女の目を思い出しても、相手が自分に好意がある視線には到底見えなかったが、親である神父には何かわかったのだろうか。
そう思いを巡らせていると、ふと白い女の中で異様に目立っていた黄色のホイッスルが思い浮かび、考える前に神父にそのことを尋ねていた。


「あの…首にかけられてたホイッスルって…」
「ああ、なまえは10年くらい前から声が出せなくなってしまってね…。
母親が亡くなったことが原因だと思うんだけれど、本人はその頃の記憶だけがストンとなくなっていて詳しくはわからないんだ。
会話は手話でできるけど、何かあった時に声が出せないあの子のために持たせているんだけどね…」

先ほどまで朗らかに笑っていた神父の顔が少し陰り、言葉を濁す。
オレはそれ以上、神父についてもあの無表情な女についても聞くことはできなかった。
あの女が纏う浮世離れした雰囲気に垣間見える陰が、聞いてはいけない、踏み込んではいけないと直感的にそう思った…。


◇ ◇ ◇


それから数日、教会で撮影をしていたオレはまた何故か道に迷い、不本意だがあのなまえという女に何度か助けられた。
外に出るような活発な雰囲気はこの女からは微塵も感じられないが、道に迷っていると何故かいつも助けられている。
視線は何度か合うものの、そこには会話という会話は一切ない。
ただ無言でオレの前を歩き道案内をするだけだった。
お前はオレのファンか何なのか、はたまた本当は人間ではないのか、気になったオレは自分の前を歩く女に話しかけていた。


「おい、何でいつもいつもオレの前に都合よく現れるんだ?」


ぴたりと歩みを止め、ゆっくりとした動作で後ろを振り向くと無表情な顔がこちらを見た。
その無表情な顔で見られることに未だに慣れないオレは情けないことに少しビクついてしまう。
女は何か体の前で手を動かそうとしたが、少し動きを見せた手の動きがピタッと止まる。
手話をしようとしてオレがわからないことに気付きやめたといったところだろうか。

居たたまれなくなってしまいオレは女の横を通り過ぎてまた歩き出す。
すると女は少し駆け足でオレについてきた。

「悪い。今のは聞き方がよくなかった」

そう言えば女は首を横に数回振った。
これはどういう意味で首を振ったのだろうか。
会話をする術を持たない今、女の気持ちはわからない。
日常で当たり前に行われていたコミュニケーションが取れないやるせなさだけが募る。

オレに手話が解読できなければ、女はオレに言葉を伝える手段がない。
携帯も持ってないようで、どうしたものかと考えた末、オレはイエスかノーで答えられる質問をいくつかしていた。
すると女は頷いたり首を横に振ったりと意外にもしっかりと答えるものだから普通に驚いた。
相変わらず顔は無表情のままだが。



後日、ハードカバーで洋書風の花柄のメモ帳数冊と、それに合わせてパステルピンクで全体に散りばめられた花の中にストーンが入った英国デザインの3色のボールペンが入った袋を女の前に差し出す。

「これ、やる。貰い物だから気にするな」

数回瞬きした後、ゆっくりとした動作で俺から袋を受け取る。
遠慮がちに袋から中身を取り出し物を確認すると、女はほんの数秒間動きが止まった。
そしてふと顔を上げたその表情は少し驚いていた。


「筆談なら誰とでも会話できるだろ?」


そうオレが言えば女はさっそくメモ帳にペンを走らせ、書いたページをオレに見せた。


【ありがとう。大切にする】


「ああ、そうしてくれ」


控えめに書かれたその小さい文字は、癖のない綺麗な字体だった。





−−−−−貰い物と言わなければなまえはきっとオレが渡したものを突き返していただろう。

女が好む雑貨がわからないなりに考えて買ったものが運悪く同室の幸に見つかり「贈り物だとしたら趣味悪すぎ」とバッサリ切られ、経緯を軽く話せば「だとしたら悪趣味。一緒に選んであげるから30秒で支度して」と幸に連れられ雑貨屋巡りをして買ったものだった。

今思えばオレが最初に選んだものを渡さなくてよかったなと心底思った。
まああの時のなまえなら柄のことは何も言わずに使ってくれただろう。
きっと今のなまえに教えたら少し不器用に笑うんだろうな。



ひまわりがあしらわれた便箋に「皇天馬 様」と綺麗な字体で書かれた手紙の封を切り、オレは自分の顔がほころんだことに気付かず手紙を読み進めた。



あともう少しで、なまえと出会った夏がまたやってくる。




To be continued....



−−−−−−−−−−
甘さ皆無ですみません。
天馬くんにはプラトニックな恋愛してほしいという私の想いの産物の話はもう少し続きます。
しばしお付き合い下さいますと嬉しいです。


2018.03.09.

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