死なせてくれぬ病、恋と云ふ

□秘めたる逢瀬はおとぎの国で
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※レオと出会った2年生の頃のお話



忘れられない旋律がある。
ふと目を閉じれば聞こえてくる美しい旋律に、力強い歌声。

『♪〜.....』

でも、この旋律はいつも決まって同じところで途切れてしまうのだ。
思い出そうとその旋律を紡いでみても、わからない。

「素敵なメロディだね。なんてタイトルの曲だい?」

『わからないの』

わからない。タイトルも続きの旋律もわからない未完成な曲。

「とても不思議な曲だね」

『ええ、とても。....でもきっと英智も好きになるわ』


この曲の続きは天才作曲家 月永レオ、本人しか紡げない。


一緒にいたあの時間は、今まで味わったことのないとても暖かい空間だった。

突然私の前に現れたあなたは私のことをおとぎ話の住人だと言っていたけれど、今思えば彼といたあの空間がおとぎ話の中の世界だったのかもれない。

彼と出会ったのはまだ私が生徒会に入る前、夢ノ咲学院普通科に入学して2年と数ヶ月経ったときのことだった。


****


今日も自分が気に入ってる中庭へと足を運ぶ。
入学早々アイドル科にいる兄の英智のところに行く際に、たまたま見つけた静かな場所だ。

7月になり少し日差しが強くなったが、木陰にいれば程よい風が吹き、読書をしたりうたた寝するには最高な場所である。
お弁当と英智に勧められた本を持ち中庭へと急ぐ。


『(あれ...今日は誰かいる)』


先客がいればいつもなら引き返していた。けれど今日はなぜか足が止まることなく、目的の場所へと足を進める。
木陰の下にいた先客はぴくりとも動かないまま、うつ伏せになって倒れていた。学院指定の男子生徒の制服を着ているから、たぶん男子だろう。
しかしこれは寝ているだけだろうか、それとも死んでいる....いや寝息が聞こえるから寝ているんだろうか。
ひとまず寝ているのなら寝苦しそうだと、彼を仰向きに正す。その動作で起きるかとおもいきや、彼は起きる気配が全くない。
草の上に寝転がしているのもなぜか申し訳なくなり、彼の頭を自分の太ももに乗せてみた。


『(あ、眉間に寄ってたシワがなくなった)』


地面よりかは寝心地が良いということだろうか。しばらく彼の顔を見ていたが、夢を見ているのか、眉が動いたり口をもぐもぐしたり何だか面白い。
人の寝姿をこんなに間近で見たのは初めてかもしれない。

ネクタイからすると同じ2年生のようだか、どこの科の人間なのだろうか。こんな派手なオレンジ色の髪に、整った顔....もしかしてアイドル科の人なのだろうか。


『.....キレイな髪』


キレイなオレンジ色の髪に自然と手が伸びた。男の子なのにとてもサラサラで羨ましい。


「...ん...あ、れ...」


キレイな緑色の目が私を捉える。


「...目の前に、お姫さまがいる」


彼はぼそっとつぶやいて2、3回瞬きをすると、急に飛び起きた。突然なことに私は驚き固まってしまう。


「おれは中庭で曲を書いていたはず。夢中だったから家に帰ってなかったとこまでは覚えてるんだけど....ここはどこだろ?おれは不思議の国にでも迷いこんだ?」

『え、えっと...ここ』

「ちょっと待って!考えさせて!どこぞのお姫さま!おれから奇跡を奪わないでくれ!」


悪い人ではなさそうだが、この人はいったい何を言っているのだろうか…。勢いに負けて黙っているけれど、目の前の彼は手に顎を置き、うんうんと唸っている。
何をそんなに考えることがあるのだろうか。私にはさっぱりだ。


「不思議の国にいるのは首をはねる女王さまとかウサギ、派手なイカレ帽子屋だろ?でも、おれウサギ追った記憶ないし...ならどこのお伽話の世界だ?
んん?小人とか魔女とか近くにいないのか?」

『....ここ、ただの学校の中庭だけれど』

「あああなんで言っちゃうんだよー!」

『あ、ごめんさない。聞かれたと思ったから。
そこの地面に伏せて倒れていたから、勝手にここまで運んでしまったのだけれど...』

「ん?そうだったのか!すまない、どこぞの姫よ!おれはKnightsの月永レオだ!姫の名はなんて言うのだ?」

『え?...あ、てん...名前です』

「名前と言うのか!名前まで美しいのだな姫は!」

なぜかとっさに名字を伏せてしまい不審がられるかと思いきや、彼は気にすることなくキラキラとした目で返されてしまった。
言い返そうにも呆気にとられたまま動けずにいた そんなとき、空腹を告げるように彼のお腹が盛大に鳴り、それと同じくして昼休みが終わったと知らせるチャイムが鳴った。


『ふふふ、良かったらこのお弁当食べて?』

「え?いいのか?」

『私あまりお腹減ってなかったから。チャイム鳴ちゃったから、私はもう行くね』

「ありがとう名前!また会おう!!」


ブンブンと手を振られ、つい私も手を振り返してしまった。
普通科の校舎へと戻る途中、ふとガラスに映った私の顔は笑っていた。月永レオという謎の少年と出会って、気付かない内に笑っていたのだろうか。
とても不思議な出会いだった。何だか胸のあたりがぽかぽかする。その理由はまた彼と会ったらわかるだろうか。



意外にも彼と再開するのに時間はかからなかった。いつものように中庭に足を運べば、歌をうたいながら何やら地面に書きなぐっていた彼に出会った。
再開すると早々に、私の手を取り彼は跪くと「会いたかったぞ、姫よ」なんて恥ずかしい台詞をつらつらと言うものだから『普通に接して』とお願いすれば、「そうか!」と満面の笑みで返された。
騎士のように凛とした佇まいがいつもの彼というよりは、少年のような無邪気な方が素なのだろう。

いつしか昼休みや放課後に彼の話を聞くのが日課となった。作曲の話、友達やユニットの話、大好きな妹の話など、彼は目をキラキラさせていろいろ話してくれた。


「名前はどうしたら笑うんだ?」

『え?私、笑ってない...?』

「ああ!違う違う!そんな他人行儀な愛想笑いじゃなくて!」


レオくんの言葉にドキリとした。彼との話は楽しい。自分でも笑っているつもりだった。
でも何十年と愛想笑いしかしてこなかった自分が、今さら声を出して腹の底から笑うなどできるのだろうか。


『レオくんは、どうしていつもそんなに楽しそうなの?』

「この世にあるもの全てが音楽になるんだ!こう湧き上がってくるんだ霊感(インスピレーション)が!目の前に無限の宇宙が広がってるんだぞ!おれは楽しくてしかたがない!わはははは☆」

『すごいなあ...趣味くらい、作るべきなのかな』

「名前は趣味はないの?」

『...ない、かな』


さっきまで笑っていたレオくんがぴたりと止まった。
なにか変なことでも言ってしまっただろうか。でもないもはない。嘘は言っていない。


「将来の夢とかあるだろ?」

『....考えたこともなかった』

「それ、生きてて楽しい?」

『........そうね。楽しくは、ないね』


2人の間に沈黙がうまれてしまった。これはまずい。もっと楽しい話に切り替えなくては…。


「決めたぞ名前!!」


私が何か言おうと口を開こうとした瞬間、急にレオくんが立ち上がり叫んだ。私はびっくりして彼を見て固まる。


「名前にこの世界がいかに素晴らしいか、おれが見せてやる!名前はお伽話のお姫さまだ。そしておれはKnightsの月永レオ、姫を守るのは騎士(ナイト)の務め!
世界はこんなにも音で溢れてる!名前をおれの音楽と歌で絶対笑わせてみせるぞ!わはははは☆」

『...う、歌は笑うもの、なの?』

「え?違うの?」

『ん?』

「うん?」


2人で一緒に首を傾げる。するとだんだんおかしくなってきて、気づけば2人でただ笑っていた。
レオくんは音楽で私を笑顔にしてやると言ってくれた。その気持ちがなにより嬉しかった。
その音楽をプレゼントしてくれると言ってくれたレオくんの言葉に、聴いてみたい、そしてそれを聴くまではせめて生きていたいと思えた瞬間だった。
大げさに聞こえるかもしれない。でも、久しぶりなのだ。英智の妹ではなく、名前として見てもらえたことが。

色褪せた世界に色がついたのは...。
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