死なせてくれぬ病、恋と云ふ

□秘めたる逢瀬はおとぎの国で
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今日も中庭を訪れると、先にいたのはレオくんだった。しかし草の上をゴロゴロと転がりながら唸っている姿が見えた。


『そんなに転がってると制服汚くなっちゃうよ?
それと、はいこれ。私もう使わないからレオくんにあげる』

「ん?ありがとう名前。お!これ五線紙だ!なんで名前が持ってるの?あ、待って妄想...」

『ふふふ、昔ピアノ弾いてたから』


彼の「待ってて妄想するから」と言われる前に答える。彼は妄想し始めたら長いのだ。その間ほっとかれているのは少し寂しい。
でもレオくんは妄想中でも口から全て言葉が漏れるから、それを聞いてるのも楽しいのだけれど。


「待って!名前はピアノ弾けるの!?」

『英才教育の一環でやっていたくらいだから、人並みにしか弾けないけど』

「名前はやっぱすごいな!なら、おれのために弾いて!
霊感(インスピレーション)が降ってきて素敵な曲が書けそう!」



放課後の音楽室にピアノの音色が鳴り響く。レオくんが行き詰まってるという楽譜を借り、私の精一杯で音を奏でる。
Knightsの曲になる予定のこの曲は、とてもキレイな旋律で繊細だ。彼はこの曲のどこが気に食わないと言うのだろうか。私にはショパンやバッハという有名作曲家の曲より、とても魅力的に見える。


「降りてきた!霊感(インスピレーション)が!
完璧だ!誰にもおれの妄想はとめられない!」


彼の特徴的な笑いが音楽室にこだました。
すごく嬉しそうに五線紙に音符を書き出していく。机で書けばいいものの、床で書く彼の周りには一面 紙で埋め尽くされていた。
私のこんなピアノが役に立って良かった。習っていたときはどこで役に立つのか疑問だったが、こんなところで役に立つとは思わなかった。


「ありがとう名前!大好きだ!」

『喜んでもらえてなによりです』


Knightsのためのこの曲は完成らしい。あとはこの曲にレオくんの妹のるかちゃんの詞がのるのだそうだ。
完成したらライブで歌うからきてほしいと招待してもらった。そのときに妹のるかちゃんと会ってほしいと言われ、私はまた胸のあたりがぽかぽかと暖かくなったのを感じた。


「名前はこんなにピアノが弾けるのに、何で夢ノ咲の音楽科に行かなかったんだ?」

『ピアノを弾くことは嫌いじゃなかったんだけど、自分の弾く音が嫌いだったからかな...。自分的には楽しんで弾いてたつもりなんだけど、いざ自分で弾いたピアノを聞いてみると すごくつまらない音にしかならなくて、嫌になっちゃった。
ピアノの先生にも音に感情がないとか、冷たいとか散々言われちゃって、いつしか自然と弾くことをやめちゃったの』

「...名前は実は氷の女王さまだったのか...?知らなかった!新事実が明らかに!」


真顔で変なことを言うから笑ってしまった。悲しい過去のはずなのに、こんなに清々しいことがあっただろうか。


『兄には音楽科を勧められたんだけど、断ったの。いまさら音楽と向き合うのは怖いって...
レオくんが作った音楽が繊細で暖かいのは、レオくんが音楽を愛してるからなんだなって思ったよ』

「うーん、変だなあ...。おれは名前のピアノが冷たいなんて感じなかったけど。
むしろ大好きだ!だからまた おれのために弾いて!」

『ふふ、そうだね。レオくんに喜んでもらえるなら』


彼との約束がまたひとつと増えていく。
すごく心地の良い時間だった。このままこの時間がずっと続けばいいと、この楽しい時間が止まってしまえばいいとさえ思った。
いや、思いたかった...


「名前には兄妹がいるのか!」

『ええ、双子の兄がひとり。きっと私の兄はレオくんみたいに面白い人好きだと思うわ。変わった人が好きだから』

「会ってみたいな!きっと名前みたいに面白いやつだ!」






そして2年の秋、私は英智に連れられ生徒会室に足を踏み入れた。
そこから歯車が狂い始めたのだ。

その数週間後、レオくん率いるKnightsは、英智によって壊された....

兄の英智が悪いわけではない。英智は学院を変えるために、力を振りかざしたのだ。

2年の春休みを堺に彼を見かけるものはいなくなった。
残ったのは、ボロボロのKnightsとレオくんが残していった曲たち。


Knightsのメンバーの瀬名くんからレオくんが不登校になったことを聞いた。そのとき、瀬名くんから渡されたひとつの封筒。
中身を見れば、数枚の楽譜。タイトルもなければ、途中で途切れていた未完成の楽曲だった。

「王さまの机から出てきた。封筒の裏に「親愛なる名前へ」って書いてあったから、あんたに渡しておく」

私は小学生のとき以来、人前で声を出して泣いた。
会いたいというのはおこがましいとわかっている。けれど、もう一度会いたい。会って、この曲の続きを教えてほしい。


レオくんの運命を変えるきっかけを作り、彼の才能を潰してしまったのは、間違いなくこの”私”だ。


2年の冬、クリスマス頃に英智が倒れ入院を余儀なくされた。

「英智くんの代わりが務まるのは名前さんしかいないよ。だから生徒会に入ってくれないかな?」


生徒会のメンバーだった英智の代わりに私の生徒会入りが決まり、私の心は冷えきっていった。






「名前!大好きだ!愛してる!」


そんな彼の声に会いたくて、私はまた中庭を訪れていた....




秘めたる瀬はおとぎの国で


20160222
20160615 加筆
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