るろうに剣心

□黒笠
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沖田くんの想いに応えようと思ったことは何度もこの五年あった。
一もそれを望んでいたし、土方さんから届いた戦地からの最後の文にもそう書かれていた。
どうすればいいのだろうか。
生殺しはよくないと思っているから表面的にははっきりと断っているが、抜刀斎なんて忘れてと何度言われたことだろうか。
三十になれば流石に貰い手もいないだろうし、それまで待つのがいい。
そうしたら家に住んで仕事を少しずつすればいい。
子供は養子で引き取って、己の流派を教え込む。
性急にではなくてその子にあったように女としてでも男としてでもどちらでもいいから。
剣心はきっと東京に住み続けるでしょう?
私は剣心の幸せを願っていたのだから、あとはそれを邪魔しないだけでいい。
だから京都で住むよ。
「こんなこと何度考えても仕方ないか…」
口に出せばこんな下らない人生設計を終わらせると思い、言ってみた。
それは効果があったようでその考えは頭の隅へと押しやられてしまう。
とりあえず今は、一の仕事をしてお金を稼ぐことが第一なのだ。
といっても剣心がいるのだから殆ど私は不要だけれども。


突然、旅館の角の裏から剣気が放たれた。
「ちっ…嗅ぎ付けたか…!」
それはきっと刃衛の物だろう。
私の容姿はどうやら目立つらしく、歩けば情報は流れている。
それに抜刀斎よりも長く最後まで人斬りとして闘っていたことも祟って付け狙われることが多い。
頬に十字傷ならば私は女のような容姿というわけだ。
これほどまで女らしく産んでくれた両親には申し訳ないが武士道の足枷になることが多い。
ならばこちらは刃衛に格の差という物を見せつけてやる。
倍以上の剣気を放ってしまえば刃衛は下調べをしに来たようで直ぐに去ってしまった。
これは一に報告すべきなのだろうか。
「面倒なことは嫌いなんだけどなあ…この案件面倒なことになりそう」
その私の危惧が現実になることは分かっていた。

闇が空を覆い尽くし、暗くなって直ぐに私は女将さんに今晩は帰りませんと伝えておく。
気を付けてねと心配そうにしていたので申し訳ない気持ちになった。
「はーじめくーん。何の用かしら」
旅館の門を潜った瞬間に見えたのは一の後ろ姿で薬売りの格好をしている。
「で…今晩谷の所に抜刀斎も行くのか?」
「そうみたい。私も行くことになってるよ。あ、そうそう!黒笠が私の所に夕方来てたっ」
「ほう…その様子だと戦闘にはなっていない様だな」
一が残念そうに言ったのでこの旅館で戦闘を行うわけないだろうがと突っ込みたくなったものの押し黙っておく。
この嫌味な男にそんなことを言えば牙突でも放ってきそうだ。
「で、報告はそれぐらいかな。本当は他の用事で来たんじゃない?」
「沖田くんからお前に文が届いていたから持ってきておいた」
やはり私が何処に行っても文が来るのだから情報は漏れているらしい。
「わかった。わざわざありがとうね。また返事は一に渡すようにする」
「あぁ」
文が私の手に渡され、それを受け取っておく。
やっぱり沖田くんは私のことを大切に想ってくれている。
「…抜刀斎がいいのか」
一から思ってもみなかった意外な言葉が私に投げ掛けられた。
私自身、きっと剣心ではなくて沖田くんのことを好きになれば本当に幸せになれるのだろう。
愛してもらえるのだろうけれどこの心は剣心だけしか愛せないのはわかっている。
「…叶わない願いがあるのだとしたら、緋村剣心と添い遂げること、かな」
それを聞いて一は溜め息を吐いた。
何事もなかったかの様に去っていったその後ろ姿を見て私は文を胸元にしまい、谷邸に足を速めた。
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