るろうに剣心

□黒笠
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翌日の昼過ぎに剣心が本当に旅館に訪ねてきた。
考えていた様な顔つきで訪れたのではなく、どこか申し訳なさそうにしているではないか。
女将さんには客が来ると伝えてあったから茶菓子まで用意してくれた。
お茶は私が部屋で煎れて剣心に渡す。
「ありがとう」
「いいよ、それくらい。帰り女将さんにお礼言っておいて」
何故かそわそわして落ち着かない様子に薫さんを抱いたなどと言い出すのではないかと不安を駆られた。
「こう落ち着かないままに巴のことは話したくないからまたの機会でいいか?」
「何かあったの?」
「玲にも協力を願いたい。黒笠という男を知っているか?」
昨日一から聞いたばかりの男の名前に驚いた。
恐らくはまた別の警官が剣心に倒してもらいたいと依頼でもしたのだろう。
ここはとぼけておくべきだな。
「旅をしていれば噂は流れているから殺して回ってるらしいとは聞いていたけど…それがどうかしたの?」
「今夜谷さんが狙われるらしい。幕末の頃しょっちゅう守っていただろ?」
忘れもしない、あの小太り。
何度も女を見るような厭らしい目で私を見ていた。
「あいつなら死んでもいいって言いたい所だけど…刃衛を見逃すわけにはいかないね」
「玲がいれば俺としても頼もしい。護衛を一緒にと誘いに来た」
仕方ないか。
一に言われているしこれは引き受けるしかないみたい。
気乗りはしないが、行くことにした。
「わかった。行きましょうか」
「すまない」
その言葉には話を引き伸ばしたことと薫さんとのことも含まれているような気がして切なくなった。
「じゃあ現地集合でいいかな」
「迎えに来ようと思ったんだが」
「そんなに柔じゃないっての。何度も来たら女将さんが男色だと思うでしょうが!」
剣心はその言葉にきょとんとしてから顔を赤らめた。
幕末の頃から変わらないその反応が心地よいと思えた。
私だけに使ってくれるこの言葉遣いさえも嬉しくて堪らない。
「そ、そうだな」
「相変わらず初な所がいいね、剣心は」
自然と笑みが溢れる。
それにつられて剣心も笑っていた。
「それじゃあそろそろ道場に帰って夕食の準備でもすれば?」
「どうして俺が作っているとわかった?」
薫さんの入れてくれたお茶ははっきり言えば人前に出す代物ではなかった。
剣心が仕事もせずあそこに居候になっているのならば家事ぐらいはやっているだろうし、私はそんなことばかり考えていたからそれくらいはわかってしまった。
「タダで居候するような人間じゃないでしょ」
「薫殿は料理ができないからな。それもある」
「やっぱり、だってあのお茶まずかったもの」
そう言って女将さんがいれてくれたお茶を啜れば緑茶の旨味が口のなかで広がっていく。
「また後でな」
剣心はそう言って立ち上がって湯飲みと皿を二人分持つ。
女将さんに渡してくれるのだろう。
部屋から出るのも億劫に感じたのでそのまま襖が閉まるのを見届ける。
ああやって持っていくようになったのは変わったところかな。
十年以上も一緒にいなかったのだから変わるのは当然だというのにあの頃に戻りたいという叶わない願いがむくむくと心の中に育っていく。
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