プリキュア創作4

□ちゆとアンリ
1ページ/1ページ

春の大会は結果は出ず、次の大会もまだ開催未定のまま先輩達の引退が決まってしまったまま時だけは過ぎた。
私は走る。
自分が三年生になった代が強制的に来てしまって、まだ自分の大会が来年ちゃんとやるかも分からない。ビョーゲンズとの戦いもちゃんと終わるか分からない状況ではあるけど。
私は走る。
競技は時代の都合や病気、怪我。色んな要素が掛け合って、勝負の世界と言うのはいつも流動的ではあるけど。
別に他人と競うことは部活動が終わっても大人になっても続くことではあるし。
自分との戦いはそれこそ一生続いて行くものだ。
私は走る。
未来がどうなるかは誰にも分からないけど、せめてこの自分と向き合う行為だけはずっと変わらないで続けていきたい。
まるでそんな願いを叶えるためにも、言葉を介さずひたむきに動き続ける。
…まあ言ってしまえばもうルーチンワークに組み込まれているし、特に複雑なことを考えずとも走っている間だけは、何も考えずに済んで楽しかった。
自分との対話って言いつつも、最近はのどかやひなたと一緒に走る時間も増えてきて楽しいし
きっと私が大人になってもまだ走ってはいると思うけど、その時その時で走る理由が変わっていても良いと思う。
今日もトレーニング以外の目的が見つかればそれはそれで有意義だし、ないならないでいつも通りの日常が流れているって確認になれていい。
さあ、今日は何がこの街で、私の心で起きてくれるんだろう。

「…って、あそこにいるのは…」

そんないつものことを考えながら海岸線を走っていると、砂浜の向こうで珍しい人がいるのに気付いた。

「…こんにちは、あなたは確か…若宮アンリさん…でしたよね?」
「…君は…?」

振り返るとそこには長いまつ毛を風になびかせながら初夏の爽やかな風にぴったりな薬師寺さあやさんとはまた違ったタイプの天使のような彼が佇んでいた。

「ほまれからよく話を聞く…すこやか市のハイジャン選手?沢泉ちゆさん…」

…おお、認知されていた。ほまれさんも有名人ではあるけど人づてに若宮アンリさんにも私のこと知って貰えてて嬉しいな。

「…リハビリ…の最中でしたでしょうか。あ、お邪魔でした?」
「ああ、良いんだよ。知り合いに話しかけられる分にはね」

…って私のことを知り合いにカウントしてくれているのは誇らしくはあるけど、自分から話しかけておいていざ冷静になるとこんな綺麗な方と二人っきりでドキドキしてきてしまった。
…いや、私ってほんと自分でもびっくりするくらい無自覚よね…だから無自覚って言うんだろうけど。

「…怪我、もうよくなってきたんですか?」
「…うん、一人であるけるくらいにはね。来年の目標は氷の上に立つことだよ」

…おお、噂でしか聞いたことないけど、本当にまた氷の上に戻ってくること前提でリハビリしてるのね。すごい執念の人だ。さすがはプロ。

「アンリさんの活躍を見てると、勇気もらえますね」
「…まあ、今の僕が世間を喜ばせるコンテンツに戻るためには、怪我からの復帰が一番売れるだろうからねえ。昔は煩わしいと思っていたマスコミだけど、今はどんな形であれお客さんを楽しませる立場に戻れるなら何でもするよ。たとえ競技選手って立ち位置じゃなくてもね」
…ああ、そう言えば昔ルールーさんと何とかなったとかならなかったとかのゴシップ記事があったような。まったく、どこの世界もマスコミってデリカシーないわよね。
…あ、益子君のことを言ってる訳じゃないんだけどね。彼普通に陸上部マネージャーがするような取材、やってくれてるところあるし。

「それに、僕らスポーツ選手って言うのは究極的なことを言ってしまえば生産者や命に係わるお仕事ではない。この間の騒動でもよく分かったみたいに、緊急時には活動を自粛しなければいけない一般の方にとっては娯楽品の一種ではあるよ。大会で結果を出すこと以外にも、大衆の為に何か他に出来ることを探さないと食いっぱぐれちゃうよね」
「なるほど…そう言われたらそうですよね」

私達はあくまで中学の部活動として好きなことに打ち込むのも勉強の一つだとは思っていたけど
若宮アンリさんや輝木ほまれさんクラスにもなると社会に与える影響もモチベーションの一つとして活動しなければいけないのよね。

「…例えば、だけど。さっき君が言ってくれたみたいに。大きな怪我をしてもまた復帰した姿を見せれば、それは同じような苦しみで悩んでいる人達の勇気になってくれるかもしれない。それは大会で成績を出す以上に大切なことかもしれないよね。実際ほまれはそんなプレイヤーになってくれた。今度は僕の番だよ」
「…なるほど、自分との戦いは、別にスポーツ選手に限ったことじゃないですからね」
どんな職にいても、年齢関係なく人は自分の弱い部分との戦いは続いていく。
テレビに出ている人がその模範となる体験をしてくれることで、たとえ分野が違っても勇気を貰えることはいくらでもあるんだろう。
「…そういう沢泉さんも、この間ほまれから聞いたんだけど、イップスを克服したみたいじゃないか。おめでとう、君も自分との戦いに負けなかったんだね」
「え、ほまれさん。そんなことを…」
やだ、案外人に話すタイプなのね…
「あ、知られなくなかったかな?けどほまれ、他にあんまりアスリート仲間いないみたいだから、よく君のこと心配してるみたいなんだよねえ。彼女も跳べない時期があったから、他人ごとじゃないんじゃないかな」
「ほまれさんもあったんですね、そんな時期」
…話だけは聞いたことあるけど、デリケートそうな話題だったから踏み込めなかったのよね。彼女は今、輝いているから無理して聞かなくてもいいかな、って思ったけど。
そりゃほまれさんだって、自分との戦いを続けているんだろう。
「…ほまれは一時期スケートをする目的を失ったまま滑ってしまって、集中力をなくして怪我をしてしまった。だから君が同じような体験をしないかひやひやしてたみたいだね」
「…そうですか、ほまれさんに心配かけちゃったかな…」
「…けど君は乗り越えたんだろ?良かったら僕のリハビリの参考程度に聞かせてもらうと助かるな」
「…そんな、プロのアンリさんに私の経験なんてそんな…」
「プロだからこそ、色んなケースを知っておきたいんだよ。いや、話の流れからしたら別にプロじゃなくても気になるものだよ」

自分に負けなかったって体験談は
どんな分野でも関係ない
みんなが自分との戦いの参考のために知っておきたいんだ。

「…私の場合は、誰かと競うことを意識するよりも、誰かに見て貰いたいって思った方が脱力して飛べるって知れてイップスの解消につながったんでしょうか」
「…脱力?」
「ほら、よく言うじゃないですか。実は力むことよりも協議の直前にはどれだけ無意識に脱力して無駄な力を使わない方が本番だけのエネルギーを蓄えられるんだって。この間ネットフリックスで配信してたバキのアニメでもやってました」
「…いや、僕はバキ知らないんだけど、リラックスは大事だよねえ、実際。怪我もしないし」
「イップスのきっかけは、練習前に他の学校の生徒が県大会の記録を更新したってことを知っちゃった時でした」
「…そこから、普段の自分のモチベーションとは違った『他人に勝つ』ためのジャンプになっちゃったんだね」
「…そうですね、それを自分でも自覚出来てなかった」
…だからこその無自覚。よく私が人から紹介される時に出てくるキーワードの無自覚だけど、スポーツ選手としても大事なメンタル領域かもしれないわよね、自分の自覚していない世界の自分を、意識しないように意識すること。何だか悟りの世界みたいになってきてるけど…
「他人に勝つことよりも、自分に勝つことの方がよっぽど難しいです…」
「…それで、君はどうやって他人に勝つこと以外のモチベーションを見つけたの?」
「…それは、友達の応援だったでしょうか」
アンリさんは『やっぱり、そうだよね』っと心の中で呟いたように笑う。
「前に友達を守ろうとするためにジャンプした時に記録を更新したこともあったんですけど、私ってよく分からないですけど『誰かの期待に応えるため』に跳ぶと他人と競うより脱力して飛べるみたいなんですよね。不思議ですよね、プロの世界で戦っていたアンリさんにとっては、寧ろ逆かもしれないですけど」
「…いや、そんなことはないよ。僕もかつては氷の上では孤独であればあるほど輝けるものだと思っていたけど、まあ月並みなコメントをさせてもらうとプレイヤーのモチベーションは人それぞれだからねえ。特に個人戦はデリケートな部分はみんな違ってあるべきだし、決めつけはよくない、よね」
そういってアンリさんは砂浜の上でくるりと一回転、青空に跳びように小ジャンプした。
「おお、すごい。もう飛べるんですね」
「いや、僕もまだ早いと思ったけど、何か飛べた」
「今初めて飛んだんですか?」
「…うん、お医者さんが言うには後は心の問題って言ってたけど、怖くて飛べなかったけど君と話して、ほまれのことを思い出したら何か出来た」
いや、そんな。私の責任みたいでちょっと気も引けるけど。
…でも今のがアンリさんにとっての、自分との戦いの一瞬だったんだろうか。
「決めつけはよくない、ね。昔ほまれが僕に言ってたこと、今更分かった気がするよ」
「ああ、野乃さんにきついこと言ったってあれですか」
「そっちの方も情報共有よくしてるみたいだね!君達!」
…まああれ有名な話ですから。応援をテーマにしていた野乃さんにとっては自分を変えて聞くれた一言って感謝してたみたいですし。
…私からわざわざ言わなくても、もう野乃さんとアンリさんの間で通じてることかもしれませんが。
「…ほまれが気負いなく飛べるようになったのも、友達を普通に過ごせる時間があるからいい具合に脱力できてたんだね。薬師寺さんといる時訳分かんないくらいリラックスしてるもん」
「あ、分かります!あの二人のコンビ!私も好き!」
「でしょ…ちょっと前はあのネズミさんに見て貰うことをモチベーションにしてたけど、これからは彼女がいてくれたら君達みたいになれて安心かな」
「ネズミ…」
「…おっと、そっちの方の情報共有はしてないみたいだね…いけない、口が滑ってしまった」
「氷の上で滑るのが目標のアンリさんが…口が滑る…ぷぷ」
「…変なスイッチ入ってくれたみたいで安心ではあるけど…」

願わくば

「沢泉さん、君にもほまれみたいな見てくれる誰かの為に、気負いなくジャンプできる選手になってくれることを、切に願うよ。君達のジャンプは僕の翼にもなる」
「…はい、若宮さん」

私がほまれさんやさあやさんみたいな関係を築けるかは分からないけど
のどかやひなたがいてくれるからこその私のハイジャン。
あの青い空にいつか届くようなジャンプ、これからも目指していこうと思います。

「フレフレ、沢泉さん」
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ